絵日記は、描けません!★文字だらけの、雑記帳☆
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ハイハイの時期や伝い歩きの時期に関してはまた別記事で…


思いだした順に書いているところもあるので、順不同お許しを(´_`。)



伝い歩きから自立歩行へと成長して、心も成長しつつあるのかと思った新米ママのあたし


何を期待したんだか、多少楽になると思ってたんだろうな


ところが逆に大変になった


ずり這いからハイハイのあたりには、行きつく先にあるものは何でも口にしてみる


…というのが心配事だったりした


歩き始めて、どこにでも早く行けるというのが長女には利点だったらしい


何が一番の目標だったのか…というと、あたしのところに行くこと


リビング


寝室


お風呂にトイレ


どこでもついてきた


掃除機をかける背後から、とことことこ


トイレに行って、ゆっくり便秘と戦おうとしてもドアの向こうからお呼びになる長女


ドアを開けてくれと、小さなこぶしでドンドン叩いてくる


いわゆる、後追いの時期だったんだな…そこって


窮屈でたまらなかった


寝ている以外、とにかく自分だけの時間はない


旦那にはいくらでもある


自分の時間の作り方なんか、どうとでもなるもんだろ?と安易に吐き出してくる旦那


イラッとして、寝ている間に顔面踏んでやろうと何度思ったことか


ママのことが好きなんだろ?と言われて、素直に喜べなかった時期でもあった


そんなあたしを察したのか、時々母親が片道二時間半かけてやってきては


トイレに行くんでもなんでも、あたしだけの時間をくれた


買い出しに一緒に行った時も、ゆっくり見ておいで?とわずかな時間だけでも自由をくれた


すぐそばにいる人にはもらえない時間


一番気づいてほしい、協力してほしい人=旦那…のはずなのに


一番の敵になったのも、子供が出来て産んでみて…から


母親は、あたし含めて兄姉を育てた時の苦労を語ってくれたことはない


でも、なにか思ったんだろうか


時々見ていたかのようにくれる、時間の贈り物


心底救われた出来事


まってまってと言わんばかりに追ってくる長女に


笑顔で応えてあげられるようになるのも、そういう時間があってこそなんだと思うんだ


大きくなってきた今、そんなに待ってと言われなくなったけど


サプライズのように待ってと言われたら、懐かしさを感じつつ振り返るあたし


まあ…たいてい呼んだだけーーーってのばっかりなんだけど


あと、明日必要なものがないとか、夜になってから言われるとかね


それも成長に伴って…ってやつ?


いつか、三人の誰かが赤ちゃんを産んで、おばあちゃんになった時


言ってもらえるのかな?


おばあちゃん、待って…って


何年後かわからないけどねw




千歳







洗髪は、寝転がして膝枕状態から


耳や顔にお湯がかからないように注意してやりましょう


…っていうのがあってさ


ある程度大きくなるまで、長女の時にはそれをやってた


…のだが、なんせ長女が動く動く


動かれた反動で、顔にシャワーがかかる


泣く


暴れる


シャワーがかかる


…リピw


といっても三姉妹の中で、シャワーに苦労したのは長女だけ


きっとね、こっちもビクビクしながらやっていたから


子供にもそれが伝わったんじゃないかって、今なら思えるんだ


男の子を持つお母さんが言ってた


男の子のそこを洗うのに、なんとなくそろりそろりとやりすぎてて


結果的にちゃんと洗えていなかったり流せていなかったらしくて


大事なソコがかぶれて赤くなって、しばらくギャン泣きさせちゃってね…って


やんなきゃいけないことは、場合によっては思いきってやらなきゃいけないんだなって思ったね


三女にもなれば、かなーーーり雑なやり方に見えたらしく


長女に適当すぎない?とつっこまれたことがあるほどになった


ようするに、慣れと、恐怖心を持たないこと…なのかな?


育児の中で何度も思ったこと


親がビクビクして、怖がっていたら、子供の方がきっと何倍も怖く感じてしまうんだろう


何をされるの?とか、あのビクビクするのをやるの?って


三姉妹の中でね、各々であたしにされて怖いとか嫌だってことはあるよう


成長の途中で昨日まで怖がっていたものが平気になったり


逆に昨日まで平気だったものを怖がったり


子供の心も、日々成長


気づけると、なかなかどうして…面白いもんだ





千歳







長女の時


ミルクを買う余裕なんてどこにもなくて


とにかく母乳よ出てくれ!って祈ってた


祈ってれば出るというわけじゃないんだろうけど


断乳するまで出続けてくれた


直接飲ませる直母というのがそうなんだけど


哺乳瓶で飲ませるのに、相当苦労した


ゴムの感触が嫌なのか、とにかく舌で押し出してきた


なので、出かける時が一番苦労した


当時、授乳室なんて気の利いたものが、数少なかったもんで


洋式のトイレに入って、そこで座ったまま授乳したり


外食していても、個室なら家族だけなら隅の方でこそっと飲ませたり


他人も一緒の外食の時には、店内でどこか避難場所がないかを探して飲ませた


完全母乳だと、自分の体調がよくなかったら、旦那にミルク飲ませてもらうとかが不可能だった


絞った母乳を哺乳瓶で…と思っても、旦那はこういう時だけ諦めがいい


「だって、哺乳瓶嫌がるんだもんよ」


と言っては、長女を押し付けてきた


熱があろうが、咳で意識朦朧としてようが、おかまいなしに…


そのついでのように「飯は?いつ出来る?」とか言う


病人に健康体の世話をさせるな!と怒鳴りたくとも、そんな元気もなく


ふらふらしつつ、長女に母乳を飲ませていたっけな


次女は次女で、三女は三女で、授乳期の悩みがあった


それはまたそれぞれのところで書くとして


あたしはそんなにこだわっていなかった


先の記事のように、生きていられたらいいというそれと変わらなくて


長女が飲めて、空腹で辛くなきゃいいんじゃないの?と


母乳の方が先々子供の体のためにはいいと言われていても


経済的負担が減るから、母乳がいいよと言われていても


長女の時に結果的に出続けたとはいえ、娘が生きられる状況下ならなんでもよかった


免疫力だなんだといろいろあるんだろうけど


それでなくても旦那がバカなせいで苦労していたので


他に悩みを増やしたくなかったのもあったんだと思う


旦那とあたしの親とは、当時は仲がいいとは言い難い関係だったしね


悩みは一つでも少ない方がいい


巷で、この悩みは耳にしたことがあるんだが


悩んだところで、ぶっちゃけしょうがないと思う


その時その場で出来ることしか出来ないんだから


長女の時には長女の時の環境で出来ること


次女の時には次女の時の状況で出来ること


三女の時には三女の時のメンタルで出来ること


まるっと同じようには出来なかった


でも、してあげたいことがあっても、無理も道理も通らなかった


出来ない中で出来ることをする


誰を一番守りたいのか


守らなきゃいけないのか


誰が一番…か弱い存在なのか


こだわりは、周りがガヤガヤ言ってるだけ


全部に聞く耳持っても、母親の心はそこまで懐広くも深くもなれない


無理はしない


それでいいと思う


初めての育児なのに、そういうとこだけは妙に冷めていた記憶がある


きっと、そうじゃなきゃもたなかったんだろうな


自分でそれをわかっていたんじゃないかなって思う




千歳