母を恨みながら、そして同時にまだ心のどこかで恐れながら何十年も生きて、子供の頃の私を傷つけた母より年上になった。私は訳のわからない空虚感に支配されてずっと苦しいまま生きてきた。子供の頃に経験した感情はいつか克服できるような簡単なものじゃない。それが私の人生そのものだったからだ。時間と共に薄れるどころか大人になるにつれて”何で?”という疑問がもっと強くなって苦しかった。だからいつの間にかマイナスの感情とうまくバランスをとりながら生きるようになった。いつも1日の大半を母に対して怒ったり、自分の生い立ちを悲しんで泣いたりしながら何十年も生きてきた。しかしここ1年、過去を考えない時間を少しずつ増やして少しでも暖かい気持ちでいられる時間が増やすようにした。私のように殴られて大きくなった人間は、普通の感情でいるのにも訓練がいるのだ。ずいぶん時間かかったけど、毎日顔を合わせる人に対して暖かい気持ちを持つようにしたら笑顔になる事が増えてきた。それでも自分以外の人や世界に心を閉じてしまう癖が出てしまう。でもそれは訓練だと割り切ってうまくいかない日があっても自分を責めないように工夫してみた。子供の頃に虐待を受けた人にとって一番厄介なのが、自分の心が意思とは無関係に閉じてしまう事だ。本当にスイッチオフされるみたいに周りへの関心が続かないのだ。自己評価が過剰に低いという自分の特徴もわかっているから、どうすれば少しでも自分を大切にできるか色んなブログを読んだり専門書を読んで調べてみたけどイマイチ上手にできなかった。何十年も四苦八苦してみて、最初は何も感じないかもしれないけど周りの人達に誠意を持って接する事でいつかは暖かい気持ちになる事ができるとわかった。笑顔になる事は自分にしてあげられる最高な事だと思う。私は自分が泣いた分だけ子供達に笑顔を沢山あげてきた。絶対私みたいな悲しい顔にさせたくなくて子供達に寄り添ったり変な顔をして笑わせたり沢山話をして毎日を過ごしていたら、子供達の背丈がいつの間にか私を追い越していた。でももう一人忘れてはいけない子供がいる。それは私自身だ。あそこに置いてきたままの自分。あの時は受け身で常にやられっぱなしだった。でも今は違う。時を経て沢山の経験をして生きてきた自分がいる。今の自分ならあの頃の自分を助けてあげられると思う。だから今実践したい。私がいるから大丈夫だと言ってあげたい。それでもちゃんと生きた自分がいて偉かったと言ってあげたい。一番愛して欲しかった母がしてくれなかったけど今私が代わりにしてあげるから大丈夫と言ってあげたい。