優太の大学入学をきっかけに
モラハラが完全に治っていた日々は
本当に幸せだった。
しかし、モラハラが再発してからは
私は何かと理由をつけては
優太のいる街へ帰省した。
優太の大学は
冬馬の出身地であるため
義父母の様子を見がてら、
義父母を元気づけることも出来る。
義父が入院した時は
冬馬の代わりに帰省をしたこともあった。
また冬馬の性格上、
一人になりたい時間が多い。
なので、帰省中
なんの不便もないようにしておけば
快く帰省させてくれた。
帰省費用についても
文句を言うこともなく
有り難かった。
毎日の着替えを日数分をセット
朝ご飯は2.3日分
そのまま食べられるように。
冬馬の大好きな菓子パンを
たくさん用意。
夜は好きに同僚と外食してもらう。
洗濯は、私が自宅に戻ってからすることに。
そのような生活の中、
夫婦としては、
どんどんすれ違っていってしまったように
思う。
アスペルガー
このことを知ってさえすれば
このようにはならなかっただろう。
でも、当時は
まだアスペ、カサンドラという言葉も
ほとんど知られていなかった。
努力しても努力しても
普通の夫婦のようには
なれない悲しみから
逃げるように、
優太のところへ頻繁に
帰省していた。
お読みくださり
ありがとうございました。
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