出逢ってから4ヶ月。
私から仕掛けたようなもの。
感情もない「anata ni aitai」
の言葉から
感情丸出しの毎日になったのはいつからだろう。
こんなに人は欲情するものなのか。
初めはただの火遊びのつもりだった。
ただの暇つぶし。
そんなつもりだった。
好奇心が掻き立てられた人だった。
だけど違った。
わからないけど、
暇つぶしのつもりが毎日連絡とってた。
そして毎日考えてる自分がいた。
私とPAPAの関係が始まって1ヶ月も満たない頃
Philippines女にバレた。
私も知らなかった。
《どうしよう、どうするの?
どうなるの?どうしたらいいの?》
普通ならここでTHE ENDだろうけど、
そんなことできなかった。
PAPAに対して怒りもあったけど、
何より驚いたのは自分でも気付かなかった感情。
PAPAが心にいたコトに気付かなかった。
だから、怒りをぶつけるよりも、
冷静にどうするかを聞いた。
まだ自分の気持ちさえ半信半疑でいながら。
「決めるのはアナタだわ。それはアナタの自由でしょ?
それを私は縛りつけたくない。
アナタは私の大切な人だから。
だけどちゃんと決めてね。
それまで待つけど、私もう独りぼっちは嫌。」
そんなこと言った気がする。
それからは彼の仕事の時は私も一緒に行った。
カウンターの端で1人飲みながら。
お金はPAPA払うけど。
彼が家に居る以外ずっと一緒だった。
やがて池袋だと遠いし、
もうすぐ終わるからとPhilippines女の家の近くに
アパートを借りてくれた。
仕事も休みの時も四六時中一緒。
我慢を続けてるつもりが悪循環で
どんどん我が儘と欲求も強くなってた。
それでも離れるコトは考えられず、
眠れない時は浴びるほど酒を飲み
酔いつぶれて眠った。
スーツケース1つで家を飛び出した
私の決意をわかってほしくて、
何度となく欲求だけぶつけたりした。
精気を吸い取るように交尾した。
彼も同じように、嫉妬心や怒りをぶつけるみたいに
私のコト抱いてた。
それが変わっていったのは、
結婚後や子供ができてからを意識してから。
2人で未来の話をするたび、リアリティに溢れてた。
「ねぇPAPA、赤ちゃん産まれたらね、
アフリカやタンザニアのカルチャーも教えなくちゃ、
日本のカルチャーや風習もね。
だけど一番は言葉よ。
私英語わからないでしょう?
どうやって教えましょう?
あと夫婦の時間もちゃんと欲しい」
「Mamaと子供は日本語、
PAPAと子供は英語で話すんだ。
そうすると二カ国語話せるから」
「そう、ひとつずつ教えてね、
私いい奥さんになれるかしら」
そんな話を交わすたび、
彼と歩く未来が楽しみになってた。
そして、2人の描くものが同じだったことも気付いた。
ただ、腹の中におさめてるPhilippines女のことを除けば。
罵倒されても黙ってる私が時々お人形に思えます