おじぃちゃんの事件簿 -1587ページ目

時津風親方介抱せず兄弟子らに暴行口止め

『時津風親方介抱せず兄弟子らに暴行口止め』


大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17=本名斉藤俊さん)が急死した問題で、時津風親方(57=元小結双津竜)が、死亡の直前に斉藤さんと2人きりになりながら介抱もせず、病院への搬送もすぐに指示しなかったことが29日、関係者の話で分かった。


さらに死亡後には、金属バットによる暴行を警察に話さないよう兄弟子らに口止めしていたことも判明した。



県警や複数の関係者によると、6月26日午前10時ごろ、愛知・犬山市の時津風部屋で朝げいこが終了した。


その後、親方の指示で4、5人の兄弟子が残され、斉藤さんとのぶつかりげいこが始まった。


親方は土俵脇でしばらく様子を見た後に風呂や食事のため宿舎に移動。約1時間後に戻り、ぐったりした斉藤さんを見て、


『後はおれ1人でみるから、おまえらは風呂に入れ』と話し、兄弟子らを遠ざけた。


けいこ場には斉藤さんが取り残される形で約20分間、2人きりだったが、斉藤さんを介抱するなど救護措置は行われなかった。


その後、親方の呼び付けで駆け付けた兄弟子らが意識のない斉藤さんを見つけた。


あざがはっきりと浮き出て体全体が土気色だったが、かすかに息はあったという。

親方の指示で水がかけられたが次第に体が冷たくなり、今度は温めようと風呂場に運び、湯をかけたが意識は戻らなかった。

この間、兄弟子たちが


『救急車、救急車』


とざわつき始めたが、親方はすぐに救急車を呼ぼうとしなかった。


結局、部屋が119番通報したのは同日午後0時50分ごろのことだった。

親方は2日後の28日に、自分の部屋に関取衆を除く弟子らを呼び、暴行に金属バットが使われたことや、自分が斉藤さんをビール瓶で殴ったことを漏らさないよう指示。


その後、ほぼ連日、弟子らを集めて県警の聴取に何を聞かれ、話したかを詳細に報告させ




『聴取が長引くと良くないからみんなで供述を合わせよう』と口裏合わせを求めたという。



ある弟子が金属バットについて話したと報告すると、親方は

『なんで本当のことを言うんだ!』としかったという。

やきとりの祭典/やきとリンピック

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日本中央競馬会の福島競馬場で29日、やきとりの祭典・やきとリンピックが開かれ

『ご当地名物』を自負する全国各地の20店が味の競演を繰り広げた。



福島市など7市でつくる


『全国やきとり連絡協議会』

が、交流を通じて地域を活性化させようと初めて企画。


タレで焼いた豚に洋辛子をつける北海道の

『室蘭やきとり』


など個性豊かなメニューがそろった。


沖縄の店主は長蛇の列に


『こんなに焼いたことはない』

とうれしい悲鳴。


各所で煙が上る競馬場は、レース時に劣らない熱気に包まれた?





■やきとり 食べた~い☆

『醜くても真実知りたい』高校生も訴え/沖縄県民大会

 『真実を知り、伝えていきたい』

――29日、沖縄県宜野湾市で開かれた教科書検定の意見撤回を求める県民大会では、2人の高校生が思いを込めたメッセージを読み上げた。関係団体はバスや駐車場を用意し

『歴史の改ざん』

への抗議に結集を呼びかけた。

予想を超える11万人が集まり、『本土』からの参加者の姿もあった。



『教科書から軍の関与を消さないでください。あの醜い戦争を美化しないでほしい。たとえ醜くても真実を知りたい、学びたい、そして伝えたい』



沖縄県立読谷(よみ・たん)高3年の津嘉山拡大(つかやま・こうだい)さん(18)と照屋奈津美さん(18)は制服姿で壇上に並び、メッセージを読み上げた。



『高校生も、この問題を考えていることを知ってほしい』


そんな思いを込めた。



2人が住む読谷村には


『チビチリガマ』


と呼ばれる壕(ごう)がある。

45年4月1日、沖縄戦で村に米軍が上陸した直後、その壕で悲劇が起きた。


村史によると、壕に避難していた住民約140人のうち83人が『集団自決』を遂げた。


毛布などに火がつけられ、『地獄絵図さながらの惨状だった』とされる。


津嘉山さんは会場の参加者に語りかけた。

『死を求める住民が毒の入った注射器の前に列をなしました。母が我が子を手にかけたり、互いを刃物で刺し合い……』



津嘉山さんは小学生のころ、祖母に手をひかれてチビチリガマを見に行った記憶がある。


その祖母は沖縄戦で、自身の母親を失った。


本島中部の別の壕に避難した時、幼かった祖母をかばって流れ弾に倒れたという。



『僕たちは親族に戦争体験者がいる。集団自決のつらさは実感できる』


大会前、津嘉山さんは、そう語っていた。


2人とも大学に進み、教師になるのが夢だ。


照屋さんは日本史を教えたいと思っている。


照屋さんは壇上から訴えた。




『このまま検定意見が通れば、事実ではないことを教えなければいけません。分厚い教科書の中のたった一文、たった一言かもしれません。しかし、その中には失われた多くの尊い命があるのです。二度と戦争は繰り返してはいけないという沖縄県民の強い思いがあるのです』



大会終了後、『緊張しませんでした』と笑顔を見せた。『集まった人は同じ気持ちだと思いますから』



■ 『俺達は、ちょいワル だ』なんて言ってる高校生とはエライ違いです。


お二人ともピュアなハートを忘れずに、頑張って夢を叶えてほしいですね。