初ブログです。テレワークや自粛生活が続き不便な生活になった反面、以前よりも時間ができるようになり、せっかくなら何か日々の記録でも書こうかなとブログを始めることにしました。

デルタ株が落ち着いてきたと思ったら、オミクロン株が流行り出して、自粛生活延長で相変わらず地味な生活ですが、今年は運動不足解消のため、近場散策やプチ旅行など出来たら良いなと思っています😃

 

早速、お正月休みを利用して千葉県の『流山市』へ行ってきたのでそのことを書こうと思います。
流山市は、2021年の調査で人口増加数全国1位、人口増加率でも3位となる自治体で、今、日本で住みやすいエリアとしてすごく注目されている市です。
たまたまテレビで見て、気になってネットで調べてみたら、流山市は新撰組ゆかりの地ということ。
幕末のことは、学校の歴史で習った時は余り関心がなかったのですが、社会人になってから「お〜い!竜馬」「銀魂」というマンガを見て、幕末に少しハマったことがあったので、何となく行ってみたいなと😄


流山市』がなぜ新撰組ゆかりの地なのかということは、流山市のホームページに詳しく書いてありました。

>>新選組と流山|流山市

 

流山には、新撰組局長の近藤勇が最後に駐留した陣屋跡地、隊士が宿をとったお寺、砲台が置かれ発射された場所など、歴史的ゆかりのある地が多いです。

 

JR線で馬橋駅まで行き、「流鉄流山線」に乗り換えて、馬橋駅から10分ちょっとぐらいで流山駅に着きました。



都心から一番近い森のまち、ということだけあって、駅はとてものどかな感じですが、駅の周りはマンションや住宅がたくさんという印象です。

この日は天気が良く、空がとてもキレイです。

 

流山駅を降りると、この辺り一帯は飛地山といって、藩主とかの飛び地領だったとのこと。(本拠地と離れたところにある領地)

飛地山は、実は関東でも有名な千葉県の心霊スポットといわれているようで😨

元処刑場で、人骨がたくさん出てきたとか、幽霊を見た!とか、血が飛び散る様から元は「飛血山」という名称だったとか💧

でもそれらの話はただの噂話だったようです。
飛地山跡地を埋蔵文化財に係る市の試掘調査を行い、専門家に分析してもらったところ、それら事項は学術的根拠のない流説で、住居跡地などしか発掘されておらず、人骨は出ていないこと、処刑跡地ではないという結果がでました。

>>出典:流山市街づくり委員会会議録

 

ネットとかでは飛地山で近藤勇が処刑された!とか、、、
そもそも近藤勇の処刑地は東京の板橋で、小説やドラマ、アニメでも出ています。
幽霊を見た!と騒いでる人たちは地元の方たちではなく興味でよそから来る人たちのようですし、強い好奇心や恐怖心から錯覚を起こしたのでしょう。


現在、飛地山だったあたりの場所は開拓され広大な更地になっています。
大規模な建設計画が立っているようで、住民との話し合いが長引いているようです。
そのことも「呪い」だなんて書いてある記事を見ました💧

北側には市役所が建っています。
昔は高台になっていて、新撰組の別動隊がそこに大砲を置き、流山に来た新政府軍に砲撃をしたそうです。
新政府軍も反撃し、近藤勇たちがいた本陣は包囲され、砲撃した別動隊も制圧されました。

写真は近藤勇陣屋跡地です。


この後、事態を収拾するために近藤勇は大久保大和を名乗って出頭します。
後に近藤勇だと判明し、東京都板橋で斬首されます。
流山に残っていた隊士たちは会津へ向かうのですが、この流山が近藤勇と志を共にした土方歳三の今生の別れの地となるのです。

新撰組ファンにとってまさに涙涙の地ですね😢

 

流山市と新撰組との関わりを知るために、流山市立博物館へ行きました。
流山市の歴史も分かって、なかなか勉強になりました。
みりん発祥地のことや日本初の西洋式運河の利根運河など。

博物館は高台にあり、空がとてもキレイです✨

 

初めての流山散策だったので、今回は流山市立博物館見学がメインでした。

飛地山も心霊スポットじゃないということも分かったし(笑)また機会があったら、次は歴史跡地などの散策や地元グルメなどゆっくり味わいたいなと思います😄

自粛生活の中で良いリフレッシュになりました✨