二日前のこと、


うちの爺ちゃんが倒れて、救急車で運ばれました。。。


仕事に行く途中、母親から一本の電話


爺ちゃんの体が少し黄色くなって、冷たくなってたから


救急車を呼んだと。。。


病院に着くなり酸素マスクと尿に管を付けられた。。。


爺ちゃん、声は出ないが身振り手振りで少ない力を出して


『帰りたい!』、と言っていた。。。


可哀想で仕方がなかった。。。


個室のベットの上でも、ベットの柵を乗り越えて。。。


ですが、爺ちゃんの体はガリガリで骨と皮しかない状態で


肺癌と言う最悪の病気に侵されていて、力は入りません。。。


少し痛みをとる薬と睡眠薬でその日は、落ち着きました。。。


次の日は、親戚の伯母さんたちが病院に泊まって


爺ちゃんを看病してくれました。


3月3日月曜日、午後から病院に行って伯母さんと


交換してもらい、爺ちゃんの様子をみてました。。。


なんだか状態は良くなく、血が混ざった痰が大量に


出ているようです、苦しくなるたびに、ナースコールして


看護婦さんに、血痰を除去してもらうんですが


その作業が痛々しくて。。。。涙


ホースを爺ちゃんの口に入れて除去するんですが。。。


すごく喉の奥まで入れてとるので、痛くて


爺ちゃんが痛いから、『やめろ。。。』と手ではらうが


看護婦は無理やるの見て、涙が止まりませんでした。。。


夕方になると、うちの親父と母親が来て交換しました



家に帰ってからも、


爺ちゃんが居なくなる恐怖と、痰を取る作業を嫌がる爺ちゃんを


思うと涙がとまらない。。。




次の日朝、仕事を休んで病院に顔をだした


爺ちゃんはモロヒネと言う薬を投与されていて


安静だった。。。


けどその薬は、麻薬と一緒で痛みを麻痺させて


和らげているだけ。。。


ほとんど昏睡状態。


爺ちゃんの顔は、泣いているようにみえてならなかった。。。


何もできない自分にイライラして、悲しくてたまらなかった。。。


しかし、酸素マスクをつけながらも


大きく息をしていた。。。


そして、時間は12時10分を過ぎた頃だろうか。。。


爺ちゃんの呼吸、心拍数、血圧、酸素量が下がり始めた。。。


モニターのついている医療機械が赤く点滅して、ブザーが


鳴り始めた。。。


ナースコールで先生を呼んだ。


呼吸を確保して、家族の方は声をかけてくださいと先生は言った


俺は『爺ちゃん大丈夫かい。。。まだ早いよ!!!』と


ずっと言い続けた。。。


『今うちの親父が病院に向かってるから。。。

  

  まだ行かないでよ。。。


       もう親父来るから。。。じいちゃん。。。』


心拍計がピーッてなった。。。心拍数0。。。



親父が駆けつけて来た。


『親父が来たぞ、じいちゃん。。。


    親父が来たんだ目醒ましてくれよ。。。』



親父が言った


『じいちゃん、今まで。。。

   

     本当に。。。ありがとな』


その瞬間、心拍数が20、23、28と戻った。。。


その一瞬だけだったが。。。。


涙がボロボロとまらなかった。。。



2014年3月4日12時36分、うちのじいちゃんは息をひきとった。。。


享年84歳。。。




この時、この瞬間を絶対に忘れたくないと


心から思いました。。。




25年間、本当にありがとうございました。。。



そして、ゆっくり休んでください。。。。