静寂の中恐る恐る目を開けると、その目に飛び込んできた香織の美貌が、僕の瞳を蕩けるほどに魅了する。
どんな絶景を目の前にしても、僕は今この瞬間感じている瞳が蕩けるような感覚を体験することは出来ないだろう。香織の美貌は、どんな絶景にも勝る至高の天賦なのである。
「なに目閉じてんの?きりたくんの為にやってあげてるんだよ?」
その表情は、相変わらず少し怒ったような笑顔である。何度見ても見慣れぬその美貌に僕は恍惚としてしまう。天賦の美貌が怒っているとすれば、それは間違いなく僕が悪いに違いない。
「そうだよね!あゆのこと好きって言うからさぁ。イケメンにしてあげてるんだよ?」
「言っとくけど、この顔のままじゃ絶対ムリだよ?」
「ってかこの顔でよく生きてられるよね。ワタシ絶対ムリなんだけど」
周りを取り囲む女子達は思い付いた言葉をどんどんと僕にぶつけていく。僕がイケメンでないことはわかっている。でも、これだけの美女達から口々に容姿を罵倒されるのは、ブルマ泥棒と詰られるより相当キツイ。
「じゃ〜あ〜。おメメは開けたままだよ?いくよ?ほらほらほらほらほらほらほらほらぁ!」
香織の超高速ビンタが再開された。
僕は必死で香織の美貌を凝視する。それは目を閉じないようにする為の苦肉の策だったが、襲ってくるビンタから身を守る為の防衛本能を否定された僕は、やはり頰に激痛が走る度に心がズタズタに切り裂かれるような気持ちになった。
超高速ビンタは、一方で通常のビンタに比べて繰り出す側の負担も大きい。香織は息こそ切れていないものの、十秒ごとに休憩代わりに両頬を包み、優しく撫でる。そして頃合いを見計らってまた超高速ビンタが繰り出してくる。たった十秒間で四十発を超える超高速ビンタは、一発一発の威力は通常のビンタに劣る。
とは言え、無抵抗に頰を引っ叩かれるごとに積み重なる屈辱感は静かに、しかし確実に僕の心を擦り減らしていく。
「なんかもう疲れちゃった」
その数の多さから永遠に続くかと思われた香織のビンタは、気が付くといつの間にか止んでいた。
「元が悪すぎて無理だった」
香織は僕の顔面を軽蔑の眼差しで見つめながら、そう周りの女子達に報告する。それを聞いた女子達から笑いが起こった。
咄嗟に、僕の脳裏に「綺麗な薔薇には棘がある」という諺が光速で浮かび上がった。
香織は誰よりも僕を美しく魅了し、誰よりも僕の心をズタズタに切り裂いていく。しかし、どれだけ見下され、罵倒され、虚仮にされたとしても、僕は香織を心底から憎むことが出来なかった。この日に限らず、いつもその美貌を見ているだけで心が癒されていくのを感じていたのだ。
綺麗な薔薇には棘があるが、それでも尚人々は薔薇を掴む。「綺麗な薔薇には棘がある」は、棘の痛みを忘れるほどに人々を魅了する圧倒的な美貌への強烈なアンチテーゼとして語られているのだと、その時僕は悟ったのだった。