私は今年30になります。
人生を遡って、どういう環境が
私をHSPにしたのかと考えると
答えは母親。
その一言に尽きます。
それは、自我が芽生えた時に遡ります。
私の幼少期の頃です。
土日の休みや、ゴールデンウィーク、夏休み
冬休みと休みがあると
私たち家族は父の実家、すなわち
父方の祖父母の家に本当に頻繁に
家族で泊まっていました。
その時はわかりませんでしたが
今考えると、父は相当なマザコンだったと思います。
それに加えて、兄が祖父母の初孫だったこともあり
頻繁に泊まりにいっていました。
幼稚園の頃などは特になにも感じておらず
兄と同じように祖父に可愛がられていたと思います。
私が異変を感じたのは小学校に上がった頃でした。
母も毎回一緒に祖父母の家に行くのですが
気が乗らないのだと気付いたのです。
祖父母の家に行くと
いつも部屋の端っこで祖母の愚痴や嫌味を
笑って聞いていることに気づくようになりました。
父や父の姉も同じように、私の母に
嫌味を言っていました。
今でもはっきり覚えています。
なぜならそれは祖母が亡くなるまで続いたからです。
〇〇さん(母)は常識がないものね〜
料理が下手なのよね〜
大酒飲みね〜
本当にドジね〜
そういう言葉を会話の節々に入れ込んで
談笑していました。
そして、父も同じように言って笑っていたのです。
私が母が貶されていると気付いた時は
小学校低学年くらいの頃です。
いつも母は笑っていたから
貶されている、嫌味を言われてるなんて
気付きませんでした。
そして、気付いたと同時に
ひどい嫌悪感に襲われました。
それからは楽しい祖父母宅のお泊りが
楽しくなくなり、何をしていても
別の部屋で遊んでいても
母への鋭い笑いを浴びた嫌味が
聞きたくなくても耳に入るのです。
ご飯の時も、兄弟が寝る静まりかえった寝室でも
一階で母の悪口を言っているのが
やけに大きく聞こえました。
とても嫌な気持ちで耐えられませんでした。
ある週末に、例の如く父が祖父母の家に行くと
声をかけた時に咄嗟に私は
行きたくないと言いました。
すると母が私と家に残ると言ったのです。
父と兄弟たちが出かけた後
二人きりになった母はとても嬉しそうで嬉しくなり
私は正しいことをしたんだと思いました。
それから私はあまり祖母の家に行かなくなりました。
母も私と一緒に家に居ました。
お盆や正月など帰らないといけない時には
私は出来るだけ母の近くにいるようにしました。
近くにいるとあまり悪口や嫌味が
母に向かないということがわかったからです。
話が盛り上がり、母の話になったときは
私が割って入り、場をふざけて乱したり
とても陽気にふざけたらするようになりました。
母は次第にそれに気付いて、
困ったら私にウィンクするのです。
そしたら私が助けるようになりました。
その頃から祖母は私を可愛がらなくなりました。
私も正直、母をいじめる祖母が
好きでなかったので良かったと思っていました。
母は本当に人が良くて、気さくで、陽気で
友人関係が広く
よく家の固定電話が鳴るのです。
大概は長い長い愚痴を聞かされていました。
母はいつも、うんうんと親身に話を聞き
1時間ほどすると、母が私に
ウィンクするのです。
そしたら私は大きい声で
「おかあさんおなかすいたー!!」
と電話に聞こえるように言います。
すると母は長電話からようやく解放されるのです。
今考えると
このようなことがきっかけで
私は人の顔色、周りの環境を
常に観察するようになりました。
それがHSPになった大きなきっかけだと思います。
母は本当に人が良くて、気さくで、陽気で
友人関係が広く
よく家の固定電話が鳴るのです。
大概は長い長い愚痴を聞かされていました。
母はいつも、うんうんと親身に話を聞き
1時間ほどすると、母が私に
ウィンクするのです。
そしたら私は大きい声で
「おかあさんおなかすいたー!!」
と電話に聞こえるように言います。
すると母は長電話からようやく解放されるのです。
今考えると
このようなことがきっかけで
私は人の顔色、周りの環境を
常に観察するようになりました。
それがHSPになった大きなきっかけだと思います。