車椅子のことも、介護のことも、
いまだにわからないことだらけ。
いつも何かが起きた時に
後手後手になってしまうわけだけど、
疑問をぶつけても
答えはいつも曖昧なものばかり。
人それぞれが、
それぞれの状態の中
手探りで頑張ってるのがわかるだけ。
なんでこんなに曖昧なんだろう。
自分じゃ解決できない。
責任のなすりつけ合いじゃないけど、
専門的に働いてる人が
「こうだからこうなんです。」
みたいにはっきりいってくれるだけで
納得も諦めもつけられることがあるのに
決してそういうことは言ってくれないから、
突然不便になった日常を受け入れるのにも時間がかかった。
受け入れるというか、
諦めたというか、
なにもかもどうでもよくなっていく。
コレが駄目ならコッチはどうだ?
なんて、前向きに努力しようという気力も失せる。
結構つらいものです。
こんな風に書いたところで、
誰かの役に立つわけでもなく、
何かが変わるわけでもない。
あたし自体も変えようと頑張る余力がない。
こんなに無気力になるものだろうか。
人に頼らざるを得ない状態になったからといって、
その代償にプライドを捨てろというのだろうか。
本当に介護って、
つらいです。
する側も、される側も、本当につらいです。
せめてものはけ口として文字にしたけど、
つらいとは言えるけど、
何がつらいのと言われたら、もうわからない。
何もかもがつらくなるのです。
こうやって、同じような気持ちの人が
本音すら吐けなくなっていくのだなって思う。
だから調べても調べても曖昧なのかもしれない。
同じような生活をしてる人が
どんな悩みを抱えているのだろう。
どうやってそれを乗り越えていくのだろう。
分かち合いたいとも思うけれど、
人の気持ちを思いやる余裕がない今、
必死に目の前のことをクリアするしか出来ないな。