中高のときは吹奏楽部に所属していたのだけれど、それを最近知り合った人に話すと結構びっくりされる。今のわたしはデザインや写真など、視覚表現をするイメージが強いからだと思う。自分で考えても変な経歴だなと思う。でもやっぱりわたしにとって大切な6年間だったなと思うし、最近、個人的に吹奏楽部時代を振り返ることがなんとなく増えた。

 

高校を卒業する年の3月に行うはずだった定期演奏会。

1月ごろから同級生の部員の進路が決まり、定期演奏会に向けての練習がはじまったのだけれど、コロナの影響で練習ができなくなり、演奏会自体が卒業後に延期、その延期も結局できず中止になってしまった。

 

定期演奏会というのは卒業する3年生にとってとても大切な演奏会で(1、2年生にとっても節目となる大切な演奏会)、それができないというのが受け入れ難かった。人生のうちでいちばんの後悔は何か問われたら、今のところこれを答えるかも。

 

だから、今まで吹奏楽時代を振り返るのは抵抗があったのだけれど、最近は少しずつ、このときはこういう気持ちだったなと思い出している。中学生の時は上下関係がキモくて理不尽だな…と思いながら窮屈に練習をしていたし、高校の時は入学当初から上手い先輩と上手い同期に挟まれて必死に練習していたな。必死に練習していたけれど上達するスピードは遅かったな。中学の時に基礎練習の大切さにちゃんと気づいておきたかったな。先生には結果よりも努力を褒められることの方が多くて、それがすごく悔しかったな、とか。よく考えれば、わたしの根底にある人格が形成されていった時期でもあるのでは、と思う。

 

現在のことに躓いている時、わたしはよく過去の綺麗な思い出に縋ってしまう。今になって振り返っても美化されているだろうし、忘れかけている感情も幾つもある。美化された思い出に縋るのはよくないと世間は言うけれど、ただ全力で駆け抜けた日々がわたしの胸の中でキラキラと光っているうちは、たまに振り返って浸ってもいいんじゃないかと思う。これだけ頑張った自分がいたからと、今のわたしが少し励まされているように感じることができる。