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村井弦斎(むらいげんさい)とは、幕末に生まれ昭和の初めに死んだ超売れっ子の新聞小説家であり、婦人啓蒙(けいもう)家であり、印税収入で湘南は平塚に 大邸宅を構えると、今度は断食や木食(もくじき)の研究実践に励み、山中で穴居生活を送り、奇人変人と名指しされたりもした面妖な人物である。
 同時進行で複数の新聞連載小説を執筆、なかでも紅葉の『金色夜叉』と並び人気を博したのが、明治で一番長い小説『日の出島』だった。世界を驚かす発明の数々が登場するこの作品は、連載足かけ六年にして、しかも未完。
  ついで趣味や道楽を取り上げる「新篇(しんぺん)百道楽」シリーズにかかった。たとえば『酒道楽』とか『女道楽』。ただし『酒道楽』は、巧みに滑稽(こっ けい)味を織り込んだ禁酒の勧めが主題であり、『女道楽』は女道楽は人道に反すると主張する内容だった。本人は酒を好まず、結婚後も妻に、現存するだけで 五百通近いラブレターを書いたロマンチストだったのである。
 明治三十六年、四作目の『食道楽』で、彼は最も熱狂的に迎えられる。主人公は大食漢 (大腹)なれど心優しい文学士、大原満(おおはらみつる)。配するにしとやかで美しく料理自慢のお登和。けれども読者の興味は、文中に織り交ぜられる六百 三十種もの料理(ほぼレシピ付き)にあった。
 弦斎自身も西洋料理のコックを雇い、日本料理も達人の教えを受け、書く料理はすべて試食し、美味と 思うものだけを採用した。単行本化されると大ベストセラーとなり、本屋の小僧たちが取っ組み合いの喧嘩(けんか)までして増刷本を奪い合ったという。その 広告にいわく「嫁入(よめいり)道具の中には必ず此(この)書無かるべからず」。
 それほどの評判をとった『食道楽 』と弦斎の名を、いまどれだけの人が知っているだろう。などと感慨にふける必要は、たぶんない。埋もれた資料を丹念に掘り起こしたこの評伝を読みながら感じるのは、己の主義 主張に素朴に沿って生きた人間のすがすがしさだからだ。
 同時に、明治とは 可能性にあふれた近代日本の青春時代 だったのだとあらためて思う。実験し挑戦し苦闘し挫折  し、なお希望がある青春の時代である。