こんにちはー

カズです
 
僕がよくパンクさせられる
カルマの駐輪場(  ̄- ̄)
 
急に工事となり
25日まで使えなくなった
 
仕方なく少し離れた駐輪場に行くが
工事の影響でいっぱい!
 
ん?どうしよか?と思ってたら
男性が声を掛けてきて
 
「僕は今更新したんで、これ使います?」
と月極めのシールをくださった。
 
期限は26日まで。
 
おー すげぇー!
やはり駐輪場はカルマの実践場か(笑)
 
すごく嬉しく
気分も上がります
 
これも
いつか自分が誰かに行った結果なら
やはり良い種は意識して蒔くべきだね
 
こんなことで?と大袈裟だなと
思うかも知れませんが
 
ちょっと心体ともに疲れてたので
とても嬉しく感じました。
 
 
 
さてさて。
 
先日あったチームの講演会で
先生との質疑があったんですね
 
輪廻の話もあって
人として生まれるのが
どれほど有り得ない事なのか?の話もなりました。
 
よく前世の記憶が出てきたり
見てもらったって聞きますよね
 
僕も見てもらった事があります
ベトナムで商業をしていたり
旅する吟遊詩人の頃もあったらしい(笑)
 
ただ、お釈迦さんは
「そんな簡単に人に生まれんで!」と説きます。
(僕の中に居るお釈迦様は関西弁♪)
 
人間界に生まれ替われる確率は
 
爪の上の土ぐらいで、
それ以外は十方の土のやで?
(十方は天地も含めた360度の世界)
 
つまり無限に思える膨大な時間は
肉体を持つことが出来ないそうです。
 
そんな事を聞くと
どれ程「生きる」ことが貴重か・・・
 
なのに僕は、
「生まれてない時間」が気になったんですよ
 
膨大な人間でない時間
その間は、何をしてるのか?
どんな存在なのか?
 
疑問に思ったので
先生に聞きました
 
すると
「仏教には明確な答えがあるが
カズが今それを聞いてどうするの?」
 
「死んだら判ることやろ?」
 
なるほど、仰る通り(笑)
 
つまり、今を生きるのにその情報って必要か?
って事なんですよね
 
仏教ってトコトン「今」にフォーカスした学問です
 
後で知ったのですが
このように自他の救済に必要ない論を
「戯論」(けろん)と言うそうですね
 
僕は戯論が好きなんやろねー(笑)
知りたがりな性格ってのもあるけど
視点はズレないようにします
 
なんか「カズはすぐにケロる」って言われそう(笑)
 
知るべき事は「今感じてる心」を滅すること
 
滅するって「無くす」って意味じゃなく
サンスクリット語からきてるんですが
「コントロールする」って意味です。
 

苦集滅道

仏教の根幹となる教えですね。
何度かここで書いてきました。(^^)


苦:苦しみ、というものがある
という教え。


集:それは「執着」の集まりが原因
という教え。


滅:それを滅すれば苦しみは消える
という教え。


道:それらを滅する方法がある!
という教え。


光静先生のブログから
 
 
ケロってるぐらいなら
こっちをもっと論ぜよ!って事っすね( ̄ω ̄;)
 
執着
何かを達する為には必要な時もあるけど
変えれない事(生老病死)に執着すると大変です
 
道=仏教
コントロールする方法です
 
この言葉に出会ったのなら知るべきですよ
無知は罪と言われるほど避ける事なんです。
 
僕の講演会は個人的な諸事情で少しお休みしてます
環境が整えば、またやりたいと思ってす。
 
ケロらんよーに頑張ります( ̄ー ̄)ノ
 
 
写真化したブラックホール
中、どうなってるんやろ?(ケロケロ)