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日本とコロラド州、ラルフ・カー

 コロラドをテーマにして書いた最初の記事でも少し触れましたが、コロラド州はアメリカの真ん中にあり、日本人からするとどう見たって田舎と思ってしまいますが、実は日本と深い関係があります。
 日本と深い関係の州と言うとカリフォルニア州が浮かびますが、実は、コロラド州こそ、日本人にとって感謝すべき土地なのです。
 
 太平洋戦争が始まり(1941年)時、敵性外国人と言われた日本人(日系アメリカ人)は、全米でその居場所を追われましたが、時のコロラド州知事のラルフ・ローレンス・カーは、彼らを快く受け入れ、翌1942年に大統領行政令によって、カリフォルニア州、ワシントン州、オレゴン州そしてハワイ準州の日系アメリカ人が移住を強いられた際にも、コロラド州南東部のグラナダに設けられた強制収容所に3,000人を受け入れました。しかし、そこでの日系人の処遇は手厚くされました。
 コロラドでも主流だった黄禍論(日本人が禍をもたらす)を退け、住民を説得しながら人道にも配慮したその姿勢は、戦後も讃えられています。
 彼は、時流に逆らって、アメリカ建国思想(人間は平等で、皆自由である)に忠実にあろうとしたが為に、夢であったアメリカ合衆国上院議員にもなれず、以後の政治生命を絶たれてしまいました。
 でも、彼の主張は尊重され、後、コロラド大学の理事にもなっています。
 
 一説には、共和党員だったカーが、時の大統領のルーズベルト(FDR)が民主党員だったからその反発からとった態度と言われますが、カーは、FDRのニューディール政策には賛成しており、単なる党略的、私欲的な考えでの行動ではないのは明らかです。

 当時の強制移住させられた12万人中の3,000人だけと言えば極めて少ない、影響力を持たない行動のように思えますが、戦時中はどの国も大政翼賛会的雰囲気になってしまう中、正論を吐く事、しかも自らの政治生命を賭した(現に無くしましたが)彼、ラルフ・ローレンス・カーの思想は、今も彼の言行録と共にコロラド州で残っています。
 デンバーには、これの功績を偲ぶ為に、記念碑と胸像が日系コミュニティから、そして、2002年には
コロラド州議会で、彼の生誕日(12/11)が「ラルフ・カー知事の日」としてコロラド州の祝日に制定されました。

 また、戦後もそのまま居住し続けた日系人がデンバーに日本人街を作り、このアメリカの田舎の州に
立派な鐘楼を持った寺院、日本食は何でも買えるスーパーを作り、日本人にいないアメリカの町に来たつもりの私を驚かせてくれたのです。
 さらには、この州と言うか、中西部の有力新聞の『デンバーポスト』の編集主幹に日系人のビル細川氏(故人)がなって、戦後の強制移住賠償問題のオピニオンリーダーとなって活躍したのは、彼が導いてくれた結果ではないでしょうか?

 現在、州都デンバーは、岐阜県高山市、コロラドスプリングスは山梨県富士吉田市と姉妹都市となり、コロラドスプリングスには、富士吉田市から送られた赤鳥居が立っています。
 
 また、日本人墓地も郊外にあるようです。
 

町の小さなお店で買う、量販店で買う。

 今日、納品書と領収書を町の文房具屋さんで買いました。
 東急ハンズの前をと通りがかった時に思い出しましたが、入るのが億劫で目的地の駅の近くにある小さな文具屋さんで買いました。

 その後、デジカメの修理とDVD-RWを買いに家電量販店に行きました。

 以前から時々思い、そうしているのですが、町の小さなお店やさんは便利ですよね。
 
 大きな店や量販店に行くと、目的の物の置いているのを捜すのが面倒で、それだけで時間を食う事があり、安いとはいえ、細々したものや単価の低いもののちょい買いには大いに不便です。
 
 今日も、リニューアルした量販店に行きましたが、レイアウトが大きく変わっており戸惑いました。
 それだけなら良いのですが、目当てのDVD売り場が見つからないのです。
 人に聞くのはあまり好きではないのでうろうろし、結局見つからず、店員さんに聞くと、(液晶テレビやレコーダーのある)2Fでなく、白物家電や掃除機のある1Fに移動したとの事。

 1Fに行きましたが、ワゴンセールで販売しているものは分かりましたが、定番販売品のコーナーがまた分からず、1Fを一周する羽目に。
 まあ、1回分かれば次回からは大丈夫ですが、それにしても新レイアウトの矛盾点を発見。

 人気のある(であろう)携帯電話コーナーが2Fに上がった所にあり、これまた人気があるのでしょうホビーやおもちゃが奥にありました。
 その一方、PCや音楽関係のメディアが2Fと1Fのダブル展示ながら、映像用のメディアが1Fに行ってしまい、いわゆる消耗品が分散で配置の憂き目に。

 店舗設計の時、集客力のある商品展示を店の奥に持っていってお客さんに店内を回遊してもらい、一方でお客さんの滞留する場所を奥にもっていくのが普通ですが、どうもこの店の場合はちぐはぐな印象が否めませんでした。

 小さな店に戻りますが、多くのお店が大きな店に客を取られてつぶれていって数が大きく減っています。当然お店も元気無い雰囲気を漂わせている所が多い一方、近くのなじみの客が来て暖かい会話をしている場面に出くわす事もあり、排他性も同居させ得る微妙な暖かさを感じる事ができます。
 今日のお店が正にそんな感じ。でも、お店の人も親切でそこそこの雰囲気。

 話は変わりますが、9月にブルーレイレコーダーをインターネットで買ったのですが、価格と評判を見た結果、試しの意味と地元の店の頑張り、そしてたまたま老舗の様な感じの家電屋さんだったので敢えて小さな所で買いました。
 そこの対応はOKですが、私がそこで知ったのは保証の問題でした。

 大きな量販店で物を買う利点として最近挙げられるのは、耐久消費財の保証期間の長さです。
 メーカー保証1年+αの無料保証を謳って各社ハウスカード加入を勧めています。
 よく見ると、カード更新料を毎年払い続けないといけない実質有料なところもありますが。

 でも、民間に長期修理保証会社が数社あり、町のお店屋さんもそことタイアップしているところが増えてきています。今回、レコーダーを買ったお店を選んだのもそれが大きな要因でした。
 一方で、母親が自分用に19インチの液晶テレビをホームセンターで安いから買いたいと相談してきて調べたところ、そこは日本のメーカーとタイアップしてのPB品を販売しているのですが、調べた限りではメーカー保証1年だけの様なので、断念するように言いました。

 もう一つ、民間修理保証会社の一部は自前の修理工場を持たず、地元の電気屋さんとタイアップして修理依頼をそこに委託して電気屋さんも潤う形を採っています。
 無駄な投資をせず、既存のしかもプロの手をネットワーク化した事業で好感が持てました。

 こう見てくると、是非、個人経営や地元の小さな小売り屋さんには生き残って、我々の生活を支えてほしいと思うのは、私だけでしょうか?


 

田原俊彦

 田原俊彦の記事を久しぶりに昨日の新聞で読みました。
 朝日新聞10/26のオピニオン/耕論の欄で、元大相撲横綱の輪島、牛丼の吉野屋社長と共に、『逆境をゆく』のタイトルで、自身の近況を率直に語っていました。
 
 私は、彼より5年上で、彼のデビューした頃はあまりテレビも見ておらず、彼らの様な歌がへたなチャラ男はあまり好きではなかったので、そんなには知りません。
 ただ、彼が事務所を飛び出して鳴かず飛ばずになってからは、骨のある奴かな、という気持ちを持っていましたが、それだけの存在でした。
 
 今日の記事(インタビュー)を見て、『かっこいい奴だな』。
 天と地を見た自分の芸能生活を率直に語り、なおかつ再起の希望を持ち続けて前に進もう、と語る姿勢は
すばらしい。

 『継続していく、そこに希望がある、継続しなければ、やめてしまえばそれまで。』

 この言葉は、今の私に一番勇気を、希望を与えてくれる言葉です。
 よく再起した芸能人の話ではよく聞く言葉ですが、今現在どん底で喘いでいる嘗てのスターが、虚勢をはらず、率直な現況を語り、『俺もがんばっているんだぞ!』と力みなく話す姿は、格好いいですねえ!

 私はこのインタビュー記事を見て、彼の事が好きになりました。そしてエールを送りたいです。

 彼にエールを送るということは、あきらめずに自分の道を探している私自身へのエールでもあるんです。

 同じ欄に、元大相撲横綱の輪島氏も語っていますが、彼も、自らの軽率な行動で相撲界を追われるようにして去り、食う為に色々やってきたようです。
 その彼が、今年久方ぶりに大相撲の解説をさせてもらった事を、本当にうれしく語っているのは、読んでいても行間からわき上がってきました。

 さあ、私もめげずにがんばろう。

 と、意を強くした次第です。
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