来週からいよいよ大学も新学期が始まる。そして、個人としては再来週から1コマ目の授業を受けることとなる。初の受講は経営学。基礎をしっかりと身につけたい。

受講を前にふと自分自身で今回の大学院に通う、という動機について改めて考えてみた。

今日は、外は春の嵐が吹き荒れている。こういう日は気持ちが外側に行かない為、ある意味自分自身を覗き込むには最良の日ではなかろうか。そう考えると雨の日が人生において重要な要素をなしているとも思えてくる。

この10年間、会社を設立してから資本主義経済の中で走り続けてきた。今もその途中ではある。設立時から会社理念としては常に「社会に貢献できる会社」をめざしながらやってきたし、今でもその理念(スローガン)は不変であると思っている。

会社設立して3年間はとにかく、その勢いで突っ走ってきた感がある。その後5年間はどう会社を維持・拡張していくかを考えてきた。

その中で、男としても格好良くありたいという願望や、周りからも青年実業家風な捕らえ方もあり、自然と他の経営者と比較するようになった。やはり、昔からスポーツをやってきた関係もあり、心の中には誰にも負けたくない、という火は常に燃えている。

周りが酒を飲んでも勢いでは負けることは少ないし、周りがゴルフをする連中が増えればゴルフにも夢中になった。これは、正直あまり上達してないが。。高級車も手に入れた。朝まで酔いつぶれる日々が続いた。

毎日が楽しいし、何の不満もない毎日が続いたと思う。周りからは経済的な成功者とも言われた。かなり小さな世界でだと思うのだが。。

ただ、ここ2年間、何か心の中では満たされない何かが芽生えたのは事実だと思う。


小さい頃から、自分の中で癖がある。それは、今日の様なふとした瞬間にいつも「人生って何のために生きるのだろう」とか「本当の幸せって何だろう」と自分自身に問いかける癖があるのだ。

これに対する答えというものは、その時々の年齢、環境等によっても常に変化するし、決まった答えはない。哲学的なものだしね。

最近では、自分と同年齢のイチローを見ながら考えてしまう。彼の魅力はどこから生まれるのか。彼は野球においては天才的だと思う。それは、「好きなことを継続して努力する能力があること」につきるだろう。しかし、その彼においても加齢という抗えない流れはやってくる。そして野球人生という中で引退という、彼にとって一つの「死」が遠くない将来にやってくる。その時に彼がどのような感覚に陥り、また、その先、どのように新たな人生を送るのかが、非常に興味のあるところだ。

話は多少それたが、イチローのもつ魅力。それは、野球というスポーツを極めようと日々まい進する姿、そこにあるのだと思う。

それを思うと人の魅力というものは、何かの目標(夢)に向かって突き進む時に発する「エネルギー」。それこそが人の魅力の正体ではないだろうか。そこに人は引き寄せられるのだと思う。

これを自分自身に置き換えて考えた時に、この数年は経済的にはそこそこの充実感はあったものの、逆にそれを失うと感じたときの恐怖や日々の売り上げとの格闘ばかりが気になり、自分自身の大儀(スローガン)はどちらかというと頭の片隅追いやられていた感がある。

資本主義経済という、経済最優先、「稼げば官軍」の中でいつしか自然とコントロールするはずの経済という生き物にコントロールされている自分自身がいた。

この得たいの知れない「経済という生き物」とこの先、生きていく中で、どうしてもこの経済の「生態系」がわからなくては、この先の人生も経済という生き物に支配されて生きていかなければならないという感覚に苛まれた。

これが、改めて大学で経済、商売の本質を学びたい、と思った「動機」である。

本質を学ぶことにより「芯」ができ、資本主義の嵐の中にいても「しなやか」な強さができると思ったからだ。力ずくでぶつかっていくと、必ず折れてしまう。

このようなことを外は春の嵐の中で一人ふと思いつつ、再来週からの受講を待つ今日この頃であります。

感謝。