その前に、1281年河野道盛が湯築城を築城した。
河野道盛の部下、林淡路守が淡路が峠に
淡路が城を築城したのだ。
1585年豊臣秀吉、伊予を平定し、河野氏は滅亡した。
河野氏一族は長州に逃亡した。
この林淡路守の子孫が明治の元勲伊藤博文公と
本人が伊予道後温泉を訪れたとき語ったらしい。
有志によって記念碑を建てる段取りだったが、
1909年、ハルビンで朝鮮民族主義活動家の安重根に暗殺された。
その後、記念碑は立ち消えになった。
頂上には展望台が設置され、素晴らしい眺めだ。
我家からは淡路が峠がすぐ目の前だ。
標高274m、私の散歩道なのだ。






