パワーハラスメント
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退職後、会社側とのひと悶着が一段落して、私はある県へ向かった。

そこは大河ドラマに出演した俳優の故郷であり、そして私の第二の故郷でもあった。

幼少の頃、父親の仕事の関係でその県の、ある港町で過ごした事がある。

港町といってもその頃は、漁村に近い風景だったと思う。

近くの学校へ行く道の途中、大きな木があって木陰があった。

学校のグラウンドの向こうは木々が立ち並び、その向こうには川が流れていた記憶がある。

その川は海へ流れ、ほとんど河口付近だったと思うが…今思い返すと流れ込んでいた海は、東シナ海へつづいているんだなぁ。


県庁所在地である中心部へアクセスするのはひと山か、ふた山越えていかなければならなかったように記憶している。

ただ一度だけ、父について市の床屋に行った事がある。

父が散髪をするために。

そこで読んだ「UFOの誘拐事件」なる記事に震えた記憶だけは、何故か鮮明に頭に残っている。

きっと髪にハサミを通している父の姿、通している床屋さんが記事の中の、「誘拐される人間」と「誘拐する宇宙人」に重なったのかもしれない。

散髪後に父に連れられ、展望台のある山に行った事も記憶が残るきっかけになったのかもしれない。


今回はその記憶を辿るために・・・というワケではなくて、その県に以前お世話になった店長が赴任していたので、退職後の挨拶を兼ねて向かったのだ。


父は私があの会社に在籍中、亡くなった。

店長のもとへ向かう時、昔を懐かしむため母が同行した。

とりあえず今回は、店長と会う事がメイン。

住んでいた場所へ訪れるのは、その後のイベントという感じで出発した。

高速道を西へ向かう。

運転は苦にならない。

無事に現地へ到着して、店長のいる店舗へ向かう。

実のところ、店舗の所在地は漠然としか見ていない。

在籍中、私は一度もその店舗を訪問した事が無いのだ。

スマホのマップひとつで現地に行き、店舗まで向かったのだった。

道に迷う事も無く、店舗へ到着した。

私は1人で店長のいる店内へ入った。

店内に入り驚いたのは、かなり店内が広い事だった。

この広さでは店長を探しきれない…と思った私は、近くに居た従業員に店長の所在を尋ねた。

すると内線で店長を呼び出してくれ、すぐに店長が現われた。

本当に気付いたら真後ろに立っていた、という表現がしっくりくる感じで店長がそこにいた。


「ご無沙汰しています、店長。」

「こちらこそ、渕ヶ谷さん。

 退職されたというお話は耳にしましたが、まさかここまで来てくれるとは思いもしませんでした。

 ささ、こちらへ」

と言って私を「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉の向こうへ、案内してくれた。

扉を通るとき、なんだか不思議な感覚があった。

と言うのも、私は既に卸業者でもなく単なる一般人…言うなれば顧客の1人という存在なのに、「関係者以外立ち入り禁止」をくぐれるのが不思議で…禁を破る感覚に近いものを感じたのだった。

「ああ、関係ないですよ。渕ヶ谷さんは今でも変わりませんから」

察したのか、店長がそう語りかける。

その言葉に重石がとれたかのように、私は店長に続いて階段を上がっていった。


連れられたのは事務所のさらに奥、従業員が休憩をとる部屋のようだった。

「ここならゆっくり話ができますよ」

自販機から出したカップ・コーヒーを私に渡す店長が、そう言った。

お互いにコーヒーを手にし、向かい合ってテーブルを囲む。

店長はおそらく、私がどういう経緯で退職したのか、気になっているのだろう。


「時間は大丈夫なのですか?」

「気にしないで下さい。この店舗は今の時間帯が一番ゆっくりできるんですよ」

「そうですか…」

「渕ヶ谷さんが辞められたと聞いた時は正直、信じられませんでしたね。

 商戦もこれから何年もずっと一緒に続けていける、と信じていましたし。

 私もいつまでもここにいるワケじゃありません。

 また主戦場へ戻るつもりですし、その時はまた渕ヶ谷さんの力を貸して欲しいと思っていましたから。」

「店長とはあの山間部の店舗で初めてお会いした時から、今まで店舗を変えてお付き合いしてきましたね。

 私もずっと続くと思っていましたし、続けられると思っていました。

 が、うちの会社・・・いや『あの会社』ですね(苦笑)」

「(笑)」

「あの会社の上層部は、そう考えていなかった…というのが、退職に至る根本的な原因です。

 私は解せないんです。

 仕入れた直後に、そのシーズンで撤退を決める、という事が。

 普通なら撤退は1年後、少なくとも半年先というのが当たり前だと思うんです。」

「普通はそうですね。」

「・・・申し訳ありません。店長と本当に商戦をまたやっていきたいと思っていましたが、今はもう・・・」

「会社にも都合があったのでしょうが…しかし私たちの目にも不可思議な動きをしているなぁ、と感じていたんですよ。

 渕ヶ谷さん、商戦撤退の奥底には他に何かあるんじゃないですか?」

「それは私にも分かりません。

 ただひとつ言えるのは、私もその時は蚊帳の外だった、という事です。」

「蚊帳の外?」

「はい、撤退の指示がきたのは社長からですが、撤退に至るまでどこか別のところで動きがあったんじゃないか、という事なのですよ。」

「渕ヶ谷さんの同意もなしに撤退を決めた、というのですか?

 それはあまりに強引なんじゃないですか?」

「強引だと感じます、私も。

 でも私にはそれを止める力がなかった。

 結果、商戦から撤退をするしか選択肢は残されいなかった、という事なのです。」

「う~ん、その話だと影の司令塔がいるような雰囲気ですね。

 しかし残念ですねぇ。

 実は今取引している商社、あそこの商品は手間がかかるとの声が多いのですよ。」

「・・・まぁ、その声は私も耳にした事があります。」

「だから、今すぐにという事じゃないですが、徐々に渕ヶ谷さんとこの商材を多くして対応しようかと、他店舗の店長とも相談していたんです。」

「商社は全国展開ですしね。この地方には専属の担当者がいますが、彼もこの店舗だけに力を入れるってワケにもいかないでしょうし。

 ・・・しかし今となっては難しいお話ですね。」

「これからがしんどくなるなぁ・・・」


ふと頭をよぎった事がある。

それは、商戦商材を生業とする自営業。

私がそれをやれば、店長たちとも付き合っていける・・・しかしそうなれば、人海戦術の様相を呈してくるのは目に見えている。

やはりここは断念するしかないのか。

あるいは機を見て、熟したら立つか・・・そんな事を話しながら考えていた。


店長と最後の挨拶を済ませて、店舗を後にした。


次に向かうのは幼少の頃住んでいた土地。

店舗から出て山の手へ進むと、傾斜角が急な坂が多くなった。

ずっと進むと山を越えたが、山頂からなだらかに、本当になだらかに降りていく道が続いた。

途中の運動公園で昼休憩をして、ひと息入れた。

稲佐山はどこなんだろう?などと思いつつ、周囲を見回したが見えるはずもなし、か(笑)。

私はあの俳優と同年齢という事もあって、応援している。

どちらかというとシンガーソングライターより、役者としての姿が好きだ。

ラジオ番組も面白いし、引き出しがいくつもあるというのは、凄いと思う。


そんな事を考えながら、住んだ土地へ到着したのだが・・・


あれ!?


こんなとこだったっけ!?


なんだ、この大きなパチンコ屋は・・・

おまけに学校の通り道だったとこにセブンイレブンがある・・・

すっかり様変わりした土地、幼い時は漁村という形容がふさわしかったのだが、今や「タウン」だ。

交通のアクセスもかなり良くなっており、また交通量も昔に比べれば数倍も多くなっていて…

時代は、その土地に昔の面影をほとんど残していてはくれていなかったのだった。