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もし太宰治が金銭的困窮に直面していなかかったら、病に倒れるまで文筆活動をしていたに違いない。才能に溢れていたのだから。

人は、過去を振り返りながら生きている。過去あっての今だと心得ている。
高等学校程度の日本史、世界史で十分歴史を身につける事が出来る。国家を知ることは己を知ることであり、
己を知ることは、自国を知ることである。他国を知ることは自国を知ること也。

歴史とは、事実を求めるものである。だが大昔のことには、人間の想像力と感情移入は避けられない。



批判するのは容易い、だが老いるに連れて、争いは避けたくなるものだ。
ゲーテの語る、「寛大になるには,年を取りさえすれば良い」との意味はこのことかも知れない。

若い頃は、人生の長さ短さなど微塵も考えず生きてきた。だが還暦をすぎ体力も落ちてきたこともあり、
自分の人生を振り返ることと、死に至るまでのことを、頻繁に考えるようになった。
こうして文章を残すのも、妻子を持たぬ私には、一つの生きてきた証なのである。
これまでの私の生涯は、ハチャメチャであり書くのも恥かしい。
他人に知られたくないことがあり過ぎる。後悔の山である。
これまで書いてきたこと,絵などが、一生誰にも認められぬ、と想うとぞっとする。
私は、祖母、父母の哀しい人生を見て育ってきた。そして何一つ恩返しをせずに見送った極道である。
父母は、生涯働きずくめで亡くなった。祖母は何年も寝たきり状態であの世へ去ってしまった。
祖母、父母の生き様は、今さらながら私の手本である。
私は、決して読書家ではない。自分の人生や家族、人間関係から教えられてきたことことの方が遥かに多いのである。

私は、精神分裂病を4度患った。所謂、統合失調症である。最初の発病は27歳位の時である。私はショックで一生病院暮らしかと思い
どん底に落ちた気分であった。当時はまだ統合失調症と云う用語はなく、精神分裂病と云っていた気がする。
精神分裂とは、如何にも狂人的イメージである。私は幼少の頃から今に至るまで、一貫して変わり者と呼ばれてきた。