あります!

ないです!

そんなことは、我々に一般人には妄想にとどめておくべき世界であります。わからぬ。実験に携わった人間にしかわからぬ。

そんなことを一般人があるのかないのか議論するのがナンセンスであり、
そうゆう風潮を面白おかしく、小保方氏をアゲたりサゲたりしながら産み出してきたマスコミの存在こそがナンセンスなのである。

あるんでしょうかねー!どうなんでしょうかねー!
で、留めて報道することがなぜできない?
あーんだけ、もちあげておいて
セコい評論家や、なんにもわからないはずの評論家ぶった頭の悪そうな芸人やアナウンサーが、
「悪質ですね!」
「期待を裏切られましたね!」
「ま、スタップ細胞なんてないでしょう!」

などど、一体どの口がゆうのだ。

せめて、理研の関係者ひっぱりだしてきて評論家に据えろよと思う。

ネイチャー誌に論文を発表したことがある人物だけが、この問題を語る資格を持つのでは?

先日ファミレスで食事している際に、我輩の隣のテーブルに座っていた声の大きな女子大生と思われる四人組が小保方氏のことを「バカな女」だとか「不憫」だとか「調子にのっているからだ」と談笑をしていた。

端から見てると、悲しくなるくらいバカそうな四人組だったが、やはり、こんな世論を産み出してる元凶こそがマスコミなのだ。

小保方氏だけがやたらとクローズアップされるところに違和感を感じる人はいないのだろうか?

例えばとある食品会社の敏腕企画マンが、食べると痩せる健康食とゆう分野で大ヒット商品をうみだして、脚光を浴びたとして

のちのちその大ヒット商品がなんにも痩せる効果のないことが科学で立証されたとして、批判が集中するとき、

この社員が叩かれるだろうか?
いや、もちろん脚光を浴びた分、風当たりは厳しいのは当然だろうが、まずはそれを世に出した組織(会社)が批判されるべきなのではないだろうか。

理研はちがう!研究室は独立している!
みたいな論旨があっても、いまいち納得しかねる。

30歳で研究室のリーダーに抜擢された人間が未熟だと叩かれるならば、抜擢した人間や、教育に携わる組織そのものも一緒に、あるいはそれ以上に叩かれるのが筋だと思う。

で、連日の内輪揉め騒動。

どう考えたって組織に問題があるのは明らか。

そこのバランスをメディアが全く無視しているような気がならない。

阿呆方さんなんてふざけた企画に批判が集まっても、その企画したディレクターなどの名前は一切世に出ず、しまいに評論家や芸人がそのふざけた企画を擁護する内容のコメントを流す始末。

やはり一人一人が、メディアに踊らされず、自分で考え、正しいことはなんなのか、正義とはなんなのかを考えなきゃいけないと思う。

テレビでアホってゆってたからあいつはアホ。
みたいなノリの人間が多すぎる気がする。

問題意識を持ち、自分で考える。自分で自分なりの答えや見解を探す努力をする。

こういう力は生きていく上でも求められるものだと思う。