Memories
注意:一期設定です。あとドラマCDvol.3咎人たちの傷跡が少し絡みます。
それでも大丈夫な方はどうぞ(*^^*)
見てしまった。
エドワードは街角に隠れながら青ざめていた。見てしまったのだ。浮気現場を。浮気と思われる現場をおさえてしまったのだ。
元々付き合っているのかと問われるとエドワードは渋い顔になってしまうのであった。好きだと面と向かって言われたこともなければ、それらしい会話もしたことがない。成り行きで身体を重ねただけだ。騙されたんだ、とエドワードはつかつかと逆の方向に歩き始めながら沈んだ。女物の雑貨屋で何やらプレゼントを物色しているロイから、ずんずんと距離が離れて行く。
「…せっかく」
内緒で会いにきたのに。
アルフォンスにもどうにかこうにか誤魔化して、エドワードはこの一日を空けてロイに会いにこの街にきたのである。驚かせようと思って列車に乗り込んだときは少し浮かれていたけれども、段々迷惑かもしれないと不安になった。そして不安は的中してしまったのだ。
大体、騙される俺も俺だよな、とエドワードはぐしゃぐしゃと前髪をかき回した。ロイとの関係が成立したのは二ヶ月前の事件がきっかけだった。とある街の祭典を隠れ蓑に進行していたロイ・マスタング暗殺事件を未遂に終わらせたあと、その日の夜にロイはエドワードを部屋に呼んだ。協力してくれた礼をしたい、とのことだったのだが、その部屋で何が起きたかは、ご想像におまかせすることにしよう。あれはすごかった、と頬を赤く染めるエドワードだったが、何思い出してんだと頭を振る。
どっかに部屋をとって一泊して、それからアルフォンスと合流しよう、とエドワードは安ホテル街へと足を向けた。もちろんロイに会う気はない。というか、どんな顔をして会えばいいのか分からない。女だったら引っ叩いて「最低な男ね!」ぐらいやりそうなものだが、さすがにそこまでする勇気はエドワードにはない。この街の往来でロイを殴って「この××野郎!」などと叫べば自分の身も危うくなるのである。はじめから行き着く先は袋小路だったのだ。結局エドワードは泣き寝入りするしかない。行為のあとに息も整える暇もなく、何度も口付けてくる、男の愛情が全てだと思っていた。愛されていると確かに感じたのに。短い夢だったなぁ、とじわりと滲んだ涙を、エドワードは必死にやり過ごした。
「ねぇお姉さん、一人?」
「放っておいて下さる?」
女の声に聞き覚えがあった気がして、エドワードは顔を上げた。路地の入り口で軽そうな男が声をかけているのは、私服姿でもよく見知った女性士官であった。エドワードはひぃっと顔を引きつらせ、さっと物陰に隠れた。
「冷たいねーいーじゃんちょっと遊ぼうよ」
「風穴を空けられたいの?」
あの人ならやりかねない。とエドワードはホークアイ中尉を見ながらほっと肩を降ろした。中尉ならナンパなんて軽くやり過ごすだろう、と退散しようとしたとき、はっと気づいた。彼女は片腕を吊っていたのだ。
すぐに助けようと思ったエドワードだったが、一瞬躊躇った。中尉に会えば、彼女はロイに自分に会ったことを話すだろう。それにもしかしたら私服の任務かもしれないし、だから二人は一区画しか違わない近くにいるのかもしれないし、とエドワードは目まぐるしく思考を回転させていた。だが。
「ほらちょっとでいいから」
「いたっ!」
中尉の短い悲鳴を聞いたとき、自分の都合などエドワードの頭から吹っ飛んでいた。そう少年はこういう性格なのだ。誰かのためなら自分のことなど二の次になってしまうのだ。
「何してんだてめー!」
中尉と男の二対の目が驚いたようにこちらを向いた。エドワードは男と彼女の間に割って入った。
「なんだこのチビ」
「誰がチビか!このチャラ男!」
「子供が口出してくんなよ、どけよチビっこ」
「チビチビ言ってんじゃねーよ!」
「え、エドワード君…」
話の方が身長のほうに転がりそうになったときに、エドワードは男の肩越しにこちらのほうに歩いてくるロイが見えた。なんで今日はタイミング悪いんだよ、とエドワードは騒ぎに気づいてきょとんとしているロイから目を逸らして男を見上げた。
「大体、お前この人のなんなんだよ」
「俺は…っ」
いや、ここは徹底的に利用してやればいい、とエドワードの悪知恵が回ったのもこのときだった。にっと笑うと、エドワードは胸を張って言った。
「彼氏だけど」
「はぁ!?」
「これでもー俺ってば天才国家錬金術師で年収うん千万なんだよねー、その気になれば城とか買えちゃうしー。このまえなんか高級リゾートで二人で過ごしたもんねー!」
超楽しかったよなー!というエドワードに、あっけにとられていた中尉も慌てて話を合わせて、エドワードと腕を組んだ。
「もうどこにいってたのー?今日はピアス買ってくれるって言ったじゃない」
「ごめんごめん、一人にしちゃってー」
「う、嘘だろ?てめーみたいな餓鬼が」
「ほれ」
じゃらっと国家錬金術師の証である銀時計を眼前に見せつけてから、エドワードはゆっくりとそれを見せつけるようにポケットに戻した。それから財布を取り出し、一万センズ札をひらひらと振って見せる。
「女に飢えてるんだったらこの金やるから店にでも行きな。そこ曲がって二軒目がおすすめだぜ?」
「いるか!ちっ姉ちゃん趣味わりぃぜ!」
「んだとこら!」
「あんたを選ぶよりはマシね」
そういうと中尉は、ちゅっと音をたててエドワードの頬にキスをした。これには男は狼狽し、エドワードは真っ赤になった。覚えてろ!と捨て台詞を吐いて逃げていく男を見ながら、エドワードはざまぁみろ、とにやにやと笑った。中尉からはなんだかふわっとしたいい匂いがして、気恥ずかしくなった。
「ありがとうエドワード君」
「いや、通りすがっただけだから」
キスされちゃったよ、と頬に触れるエドワードに、ああごめんね、とリザが謝った。
「あなたから見たら年増よね、嫌だった?」
「いやいやいや!そんなわけないよ!」
「…何をしてるんだ?」
そんな、旗からみたらいちゃいちゃしているように見えるエドワードとリザのところに、成り行きを見守っていたロイがやってきた。
「あら大佐、昼休憩ですか」
「飯ついでに書店にな。頼んでいた本がようやく届いて、今から速達で送るところなんだ」
包みを軽くあげるロイに、どういうことだ?とエドワードは首を傾げた。
「ああ、あれですか」
「そう。ヒューズがあの一件からやけにこきつかってくるからな」
「仕方ありませんよ」
「な、何の話?」
二人の会話に口を挟むと、中尉が苦笑いして事情を話してくれた。
「エドワード君も覚えてるでしょう?ドルケン中佐を送検したこと」
「あ、…うん」
忘れもしない。その中佐が大佐の命を狙ったのがきっかけで、エドワードは彼と一夜を共にし、そのあと数えられる程度ロイと逢瀬を重ねたのだから。
「そのときヒューズ中佐に協力してもらったんだけど、ちょっと急いでもらったからそのお返しにね」
「先月の限定版ビーバーちゃんがいちばん辛かった」
ロイは遠い目でそう言うと、苦い思い出が蘇ったのかくっと目頭を抑えた。おもちゃ屋の列に並ぶロイの姿を思い浮かべるだけで彼に哀愁を感じた。
「今回はなんです?」
「やきたてトースト君の大冒険、とってもすてきなシャンバライフだよ。今から送れば明日のエリシアの誕生日に間に合うだろう」
もしかして、早とちりか…?とエドワードは焦った。ロイはヒューズの一人娘のエリシアのために、買い物をしていたのだろうか。だらだらと冷や汗をかきはじめたエドワードを、ロイが白い目で見つめてくる。弱火でじわじわと責められてる気分だ、とエドワードは泣きそうになった。さすがは焔の錬金術師。
「鋼のはどうしてこの街に?」
「あ、えと、俺は…」
うまい言い訳が思いつかずに、エドワードは口ごもる。
「中尉とデートするためかね?」
ちくちくと責められてエドワードはうう、と苦虫を噛んだような顔になる。怒ってる。めっちゃ怒ってる。だが中尉の前でなんと言えば分かってもらえるだろう。
「…違うよ。あんたに、その、用があって」
「私に?」
とにかくロイに会いにきたことだけは事実なのだから、それだけは伝えなければ、とエドワードは思った。あとは察してくれるのを祈るばかりである。
「おう…。錬金術のことで」
「アポくらい取りたまえよ」
予定を変えねばならないな、と頭をかくロイに、いいじゃありませんか、と中尉は笑った。
「じゃあ司令部に行くか。一緒に」
「では私もここで。エドワード君ありがとうね」
「ううん。またね」
ロイに軽く頭を下げて、エドワードに手を振って、中尉は帰って行った。それをしばらく見守ってから、大人がふう、とため息をついた。
「来るなら来ると、電話くらいしないか。この後会議なんだぞ」
来ると知ってたらずらしたのに、というロイに、エドワードはすっと目をそらした。
「ふん…見られちゃ悪いことでもしてたのかよ」
「なんのことだ?」
恐らく全てエリシアのための買い物だろうとは分かっていたのだが、エドワードはまだそう確定したわけじゃないし、とロイに反撃を試みた。
「さっき、女物の雑貨屋にいただろ」
「誕生日カードを買ってたんだよ。っていうか、見てたのか」
「別にあんたが俺のいない間になにしてようが、関係ないけどな!」
俺は帰る!というエドワードに、私に用があったんじゃないのか?とロイが首を傾げた。エドワードはう、と言葉に詰まった。
「なんだ、嫉妬したのかね」
「ちげぇよ!」
「心配しなくても、君の誕生日も明日だってことくらい覚えてるよ」
不意打ちに言われたその言葉に、エドワードは今度こそ胸が詰まった。三年前だったか、とロイが歩き出しながら話を続ける。
「あの日は例年稀に見る大雪の日で、医者を呼びにいったヒューズもなかなか戻らず、君は小便を漏らしかけたとか」
「嘘をいうな嘘を」
笑うロイと会話を続けながら、そういえばこんな風に他愛もなくゆっくりと、街を歩きながら会話したこともなかったとエドワードは黙り込んだ。ロイが自分の気持ちをここまで直接的に伝えてきたことなどなかったはずだ。今日はどうして、とエドワードは彼を見上げると、ロイはいつもはいけすかないあの笑みの乗るその顔に、全く違う柔らかな微笑みを浮かべて見せたのだった。
「ふふ、すまないね。嫉妬したのは私の方だった。君があまりにも中尉と仲がいいものだから」
「あれは違う!あのちゃらい野郎を追い払うためで…!」
「ふーん。その割には見せつけられている気がしたんだがね」
分かってて言っているのだ。うーと唸るエドワードを、ロイはいい気味だと笑うのだった。それがいつもの調子を取り戻してきていたので、エドワードもからかわれているだけかと少しほっとした。本当に怒っているわけはないと思ったが、嫌な気分にさせたのは事実なのだから。
「君には何をあげようか、ずっと考えていた」
大きなものは旅の邪魔になるし、貴重な本は結局私に預けていくだろう?とロイは言った。子供のプレゼントのほうがまだ選びやすい、という彼に、ビーバーちゃんでも?とエドワードは問いかけた。やはり物によるな、とロイは言い直した。
「私も一応年収うん千万で、国軍大佐という社会的に有利な地位にはついているが、それだっていつまで続くか分からないものだろう?」
今だけの栄光かもしれないじゃないか、とロイは言った。だからプレゼントは私、などと気の利いたことは言えないしね、と。
「もしかしたら国に追われる身になって、他国に亡命するかもしれないし。うっかり転んで打ち所が悪くて死ぬ可能性もあるわけだ」
そうならないことを祈るしかないね、というロイに、誰に祈るんだよとエドワードは苦笑した。偶像的なものを何も信じていない彼は一体、何処に向かって祈るのだろう。
「何が欲しい?」
浮気はしないという確約?そんな口約束は、するだけ無駄だ。明日心がどう変わるかなど、彼らには知る術などないのだ。エドワードはロイを人のいない路地に誘い込み、彼を屈ませて耳打ちした。
「仕事、何時まで?」
「七時だ。…待っていてくれるかい?」
「…うん」
明日よりも今日の日の思い出を。日付が変わるその瞬間、側にいてくれたなら。それこそ素晴らしい誕生の日だろう。形のないものが、何よりも嬉しかった。覚えている限りそれは、摩耗も劣化もしない永遠のものなのだから。
「…ん…?」
「どうした?」
すん、とエドワードはロイの首筋の匂いが気になり、鼻をすすった。
「なんか、中尉と同じような匂いがする…」
じろーっと見てくるエドワードに、ロイはふふっと笑った。
「先月の彼女の誕生日に私のと同じ店の香水を送ったからね」
「あんた俺を怒らせるためにわざとやってんじゃねぇのか」
「まさか」
そんなピンポイントなことできるわけないだろう、と言いながらロイはなにやらしたり顏である。むかつく奴だ。まったくもって。
肩を震わせながら去って行くロイを追いかけながら、今度は俺がもっと嫉妬させてやる、とエドワードは企むのだった。またロイの方も、今夜が実に楽しみだと今回の仕返しについて子供と同じように策を練り始めていたのだが、彼がそれを知るのは夜もふけにふけた、真夜中のことなのであった。
ちづみさんのお誕生日に捧げます。
って日付変わっちゃうー!ぎりぎりでごめんなさい!
