ふと人のプロフィールを見てて、何となく自分も音楽遍歴のプロフィールを書いてみようと思い、早速書いてみた。
振り返る作業自体が楽しく、これまでのいろんな出会いを懐かしんだり、客観的に自分を見れるのも面白かった。
人に見てもらうというよりも単に自分史みたいなもんだけど、やってみるとそれなりに楽しい時間でした。
今後も音楽に触れていき、遍歴を延ばしていきたいなぁ。
音楽遍歴プロフィール
1974年
山口県宇部市に生まれる
1989年頃
中学生くらいの時に母親から渡されたジョンレノンのimagineを聴いたことがきっかけで音楽を好きになる。
20歳くらいまで1リスナーとして音楽を楽しむ、ビートルズ、ジョンレノンはその時既に亡くなっていたので、
これからはポールマッカートニーを追いかけて行こうと決める。
ビートルズの「the night before」のコーラスを全く音楽に興味の無い弟にやらせたりしていたが
あくまで自宅で聴くだけで楽器には一切手を出していなかった。
1993年
初めてリアルタイムでポールマッカートニーの新譜「Off the ground」を購入。
そして福岡にいた私は幸運にも、世界で一番尊敬するミュージシャン、
「Paul Mccartney」のコンサートを福岡ドームで聴くことが出来た。
この頃ちょうどビートルズの「赤盤」「青盤」が発売された時で、予約購入する、確かポスターか何か特典がついていた記憶がある。
1994年
一旗揚げようと上京
イギリスの音楽が好きだったせいか、他にやりたいこともなかったせいか、英語専門学校に入学する。
学校が新宿にあったので、帰宅前によくHMVによっていろんな音楽を聴いていた。
ちょうど時はブリットポップ全盛期で、オアシス、ブラー等人気があったが個人的にスーパーグラスが好きで
その後4回くらい彼らのライブを聴きにいった。
1995年
9月
SuperGrassの新宿リキッドルームでのライブに行く
10月
VanHalenの国立代々木競技場第一でのライブに行く
12月
Chicagoの武道館ライブに行く
1996年
1月
Rod Stewartの武道館ライブに行く
9月
StevieWonderの武道館ライブに行く
12月
Michael Jacksonの東京ドームのライブに行く
1997年
3月
憧れの国イギリスにて1ヶ月の短期留学をする。
ビートルズ好きなら誰もが歩きたいアビーロードを横断し、写真を撮ってもらい感激する。
5月
BenfoldsFiveの赤坂Blitzでのライブに行く
9月
SuperGrassの赤坂Blitzでのライブに行く
1998年
1月
MariahCareyの東京ドームのライブに行く
途中で眠りに落ちる笑(この頃ファーストフード店のマネージャーをしていて、朝が早かった為)
3月
BillyJoel&EltonJohnの東京ドームのライブに行く
今はもう無い、渋谷桜ヶ丘にあったRoland music schoolの、ポピュラージャズピアノコースに入る。
仕事帰りなど、空き時間はよくそこに通って、個人練習を重ねた。
7月
東京FMホールでの発表会でビリージョエルのオネスティを歌う。
(レッスンは一年程度続く)
1999年
バイト仲間と初めてバンドを組む。この時24歳くらい。
最初に入ったスタジオは宮益坂にある斉藤スタジオ、
バンド名はメンバーの彼女でスヌーピー好きな子がいて、そのキャラクターから「Flying Ace」となる。
私はキーボード担当として、GLAYやLUNA SEAなどのコピーをし、
初ライブは西荻窪のスタジオ内で友達を呼び行う。
その後秋葉原で確か2度ほどライブをした、
椎名林檎の「同じ夜」、Mr.Childrenの「everybody goes」、ビートルズ「Lady Madonna」、
スーパーグラス「I’d like to know」、Hide「Tell me」などいろんな曲をコピーした。
しかし音楽性の違い(他のメンバーは皆聖飢魔Ⅱ好き)にて解散、
私のまだクオリティの高いとは言えないオリジナル曲をゴリ押ししたことも原因とも考えられる笑
2000年
1月26日
SuperGrassのOnAirEastでのライブに行く
1月27日
SuperGrassの赤坂Blitzでのライブに行く
3月
Oasisの横浜アリーナでのライブに行く
私はボーカルとして新たにバンドを組む、ドラム、ベース、ギターのメンバーと共に、
吉祥寺でリハをスタートする。
曲は私とメンバーのオリジナル曲がほとんど。
バンド名は「Spiral」として、吉祥寺Warpにてライブを行うが、あえなく一度のライブで解散。
音楽性の違い、ということなんだろうか・・。
2002年
3月
Jewelの中野サンプラザホールでのライブに行く
11月
Paul Mccartneyの東京ドームのライブに行く
2003年
この年私は介護のデイサービスの仕事に携わり、友人と昔の童謡や、歌謡曲など音楽会を職場にて毎週行う。
利用者が喜んでくれる一方、私個人としてもピアノの練習に明け暮れることが出来、ラッキーだった。
新宿のアーティー音楽スクールにて、少しの期間ボーカルトレーニングを受ける。
その時、曲作りをする上でドラムの知識があったらいいなと思い、また普通にドラム面白そうだな、と興味本位から、
ドラムを始めるが思った以上にハマり、個人練習を増やしていく。
そして渋谷のイケベ楽器で知り合った子たちのバンドに、初めてドラマーとして参加する。
ビートルズのfool on the hillから取ったというバンド名「Spinning Round」で、
吉祥寺Warpにて超ド緊張の中、ドラマー初デビューを果たす。
その後、下北沢などで1、2回ライブを行うが、他のメンバーが何だか仲が悪くなり、敢えなく解散。
8月
サマーソニックに行く
ドアーズのライブでドラマーの投げたスティックをキャッチして感激する
しかしこれは評判の良かった同時時刻のRadioheadの公演を逃したことも意味する笑
11月
前述のサマソニで観たライブが人気絶頂で本当に神がかっていた、
Mando DiaoのZepp Tokyoでのライブに行く
12月
この年、他にも友人達とバンドを組む。
アメリカ人のボーカルを友達が見つけてきて、レッチリのコピーバンドを組みその彼の提案で「Rice Rocket」(アメリカでは日本製の車のことを言うらしい。。)と名付ける。
原宿のロサンゼルスクラブでライブをする。
がしかし、これまたアメリカ人ボーカルとギタリストのそりが合わずに解散。
カウントベイシーオーケストラの人見記念講堂でのライブに行く
2004年
私はまた新たにプロドラマーにプライベートレッスンを受けることにした(以降3年程度継続する)。
8月
サマーソニックに行く
2005年
4月
レッスンに加え、個人練習も続け多少は上達を感じて来た頃、2つのバンドに、ドラマーとして参加する。
(2つのバンドもまた同じく渋谷のイケベ楽器のメンバー募集にて知り合う、今思うと本当私には縁のある場所だったと感じる)
「The propaganda musicians」
メンバーは皆年下
UKロックをベースに置いた、ニューウェイブを思い出させる全英詩オリジナルの楽曲で、下北沢、渋谷、新宿等、都心をベースに活動する。
自主制作でオリジナルの音源を2枚程作る。
「Swingin’ drive」
メンバーは皆年上。
強烈なバンマスの個性に導かれながら、
主に60年代、70年代あたりのロックの名曲をカバーするバンド
The Beatles(I’ve gotta feeling), Deep Purple(Lady Luck),PYG(戻れない道)
The Golden Cups(愛する君に),Doors(Love Her Madly),The Band(The Weight)などなど
活動は都心も含め、町田や、江東区、
そして、小田原や名古屋にツアーにも出たりする。
自主制作にて2009年、3曲のオリジナル音源を作り、完成記念ライブを今はない渋谷「青い部屋」で行うことが出来た。
某有名ロックギタリストの方と一曲競演させてもらったのはとてもよい思い出である。
(2005年からの4年間、定期的に音楽活動を行うことが出来、いろんな音楽を知り、経験値を重ねることが出来た頃だった。
今思うととても有り難い、楽しい時期だった。)
8月
サマーソニックに行く
11月
マンハッタンジャズクインテットのオーチャードホールでのライブに行く
2006
3月
The Rolling Stonesの東京ドームライブに行く
11月
Eric Claptonの武道館ライブに行く
2008年
4月
上原ひろみ&チックコリアの武道館ライブに行く
5月
BoyzⅡMenの武道館ライブに行く
2009年
時はリーマンショック、その時私は事務の仕事をしていたのだが、派遣切りにあう。
この頃それでも悠長に構えていたりしたが、しばらく変わらずの状態であったころから焦燥感を感じ、またバンド活動を続けていくメンタリティ、モチベーションなどが低下、さらにはメンバー脱退問題なども重なり、私は2つのバンドを離れることとなる。
2010年
福生にある米軍ハウスに住んでいる旧知のギタリストの友人宅に居候を始めた私は(家賃はちゃんと払ってました笑)、
その友人が揃えたFender Rhodes、ギター、Rolandの電子ドラムなどで夜な夜なセッションをして遊ぶ。
ミーシャ、カルロストシキ&オメガトライブ、ボーイ、ユーミン、ビートルズだとか様々な曲を演奏し、ただひたすら遊ぶ日々が続いた。
ライブも小作(青梅線)の小さなバーで1、2度することが出来た。
Mr.Childrenの「君が好き」など。
この時某有名ヒップホップ系グループのギタリストの人がベースで参加してくれて、プロの演奏の迫力に感動した。
2011年
2月
ユーミンの苗場でのSURF&SNOWのライブに行く
3月
東日本大震災の少し前、友人達とユーミンバンドを組み立川Crazy Jamにてライブを行う。
バンド名はメンバーHiromiさんとYumingをかけて「Hiroming」
「ルージュの伝言」「海を見ていた午後」など
2013年
5月
人生初のピアノ弾き語りライブを阿佐ヶ谷ネクストサンデーにて行う。
オリジナル曲数曲にジェームステイラー「Handy man」のカバー等。
11月
18日、21日
Paul Mccartney のライブに2回行く
2014年
1月
Jamie Cullumのオーチャードホールでのライブに行く(最前列)
客席に降りて来たJamieとハイタッチして喜ぶ
春
MacBook Proを購入、音楽制作ソフトのgarage bandを楽しむ中、すぐにLogic pro xに移行、オーディオインターフェースも購入し、
宅録を始める。
ちなみに私は必ず作曲優先で、詩は後で付けるのだが、その時介護の仕事に戻っていた私は、夜勤の比較的ゆったりとした時間の中、歌詞を書いていたりした。
この頃英語の詩を書き始めたのだが、オンライン英会話でフィリピン人の先生に意見をもらったりもした。
曲も、長く緩い音楽生活を続けて来て、ようやく自分が納得できるようなものが出来てきた頃で、
作品が完成する喜び、満足度が以前に比べると高くなる。
11月
black card cabaret 2015 talent show auditionなるものに参加、
六本木のBrew dogというバーでたくさんの外国人の参加者の中、相当ビビりながらもオリジナル曲のギター弾き語りをする。
惜しくも、というか予想通り落選、審査員の英語もよく聞き取れなかった、残念。
12月
友人と2人で阿佐ヶ谷ネクストサンデーにてギターとピアノで弾き語りライブを行う。
お互いのオリジナル曲とジョンレノンの「imagine」
バンド名は「今人」
2015年
1月
前年のオーディション参加者としてシャングリラホテルにて開催のパーティーに招待参加される。
たまたま参加?されていたピーターバラカンさんと写真を撮ってもらった。
この時、いつ何時チャンスがあるか分からないしと、誰かに渡そうと忍ばせていたCDをチャンスとばかりにバラカンさんに渡す。
「しかし自信があまりなく、捨ててもいいので」なんて余計なことを言ってしまったが・・。
4月
Paul Mccartneyの東京ドームライブに行く
5月
イギリスに行き、テムズ川のほとりでストリートライブをしてたミュージシャンにアコギを借り、一曲「beautiful」という英語のオリジナル曲を歌う。
自己紹介したら、shiro!と声をかけてくれた人もいて気合いは入ったが、中途半端なパフォーマンスに終わる。
6月
諸事情により地元の山口県宇部市に戻るが、あまりの音楽環境の寂しさにショックを受ける
2016年
5月
メンバーは全員東京という状況で、リハ前日に一度やればやれないことはないだろうと、バンドを組む「Shiro’s band」
まずやってみたかった、デビッドボウイの「ジギースターダスト」「スターマン」、
それからジェームステイラーの「君の友達」、ビートルズの「if I needed someone」「Lady Madonna」
その他オリジナル曲数曲を国分寺ラバーソウルにて演奏する。
これを書いて思ったことが1つ・・・。
あぁ、この時からもう16年も経ってるのか?!みたいな驚きが多く、
本当に「光陰矢の如し」だと思った。
おじいちゃんと呼ばれる前に、やりたいことはやっぱ「今」やるしかない!!















