他人と比べて劣っているという感覚に苦しんだ最初の時期は小学校入学前だったと思います。
その頃から容姿に劣等感があったことをはっきり記憶しています。
なぜそう感じたかはわかりません。
顔が整っていない、体が細くないという今の美醜の感覚というより
肌が白くない、髪が縮毛であるということが大きかったかもしれません。
あるいは自分は性格が内向的で、そのことに劣等感があり、社交的な人が容姿も美しく思えたのかもしれません。
また、母は他人のことを褒めることが多かった為、勝手に自分を劣っていると感じたのかもしれません。
美醜に関してだけではなく、母の価値観が自分の価値観になっているということが多かったです。
いずれにしてもその頃から自分のことが嫌だと感じることがその頃からありました。
しかしその感覚がどんどん大きくなって現状に至るというよりは
そういう感覚から少し離れた時期もあった為
そういう風に感じやすいタイプだと認識しています。
その頃から容姿に劣等感があったことをはっきり記憶しています。
なぜそう感じたかはわかりません。
顔が整っていない、体が細くないという今の美醜の感覚というより
肌が白くない、髪が縮毛であるということが大きかったかもしれません。
あるいは自分は性格が内向的で、そのことに劣等感があり、社交的な人が容姿も美しく思えたのかもしれません。
また、母は他人のことを褒めることが多かった為、勝手に自分を劣っていると感じたのかもしれません。
美醜に関してだけではなく、母の価値観が自分の価値観になっているということが多かったです。
いずれにしてもその頃から自分のことが嫌だと感じることがその頃からありました。
しかしその感覚がどんどん大きくなって現状に至るというよりは
そういう感覚から少し離れた時期もあった為
そういう風に感じやすいタイプだと認識しています。