またオーラが出た。
カテキョウ行って帰り道に歩きながら色々考えて、最近新しい非常勤講師のおかげで生徒が元気がいいことや、彼の言うとおり社畜のままじゃなくて作家とか起業で一発あてるように行動するとか、でも自分も彼も活き活きしていればどんな人生でもいいんじゃないかとか、自分しかできないことをやりたいのだから、起業もバリバリやるのも他人の生き方だし、それに影響されること自体他人の人生をいきることになっているとか、自分は理解されにくい人生を送っているが、オリジナルの人生(オーラの出し方の探求に13年を捧げてきた)だから人からの既存の物差しで評価されようがないし、評価軸はそもそもないので正解をとりようがないなどということを考えたが、単純に彼が元気なのがうれしかった。非常勤講師で音楽で一財産築き、就活時はS社やD社に通ったという彼は他の先生にないカリスマがあるらしい。
家に帰ったあとシャワーを浴びながら自分のこと考えて、この前のオーラの原因は学歴の低い人間が上司になったことへの危機感だったことを思い出し、だったらアイデンティティの拠り所にしちゃってるこの大学の人間像をもう生きるのをやめたらいいと思い、荷を降ろそうと意識したらすっと身が軽くなった。オーラなんて大げさな感覚ではなく今度はすっと変われた。大学のイメージ通り生き、他人のイメージを演じることを辞めようと思った。
そのあと嫁とDJをやったら考えすぎることなく選曲もミックスもHeavenやMoonlight shadowやInfectedなどのエピックトランスを迷わず選曲できたし、いきつけのバーが最近焼酎バーからサングリアなどを増やしたので一見の女性客が増えたとか、もう一方のバーは意外と食事が充実してるけど仕込みをしているのはマスターではなくスタッフで、だからマスターは夕方出勤しているのだろうとか言ったりした。つまり他人の立場に難なく立って物事を考えられていたのだ。
いまは心が軽くなれてる。
難しく考えてない。今までは難しく考えることを世間が自分に求めてると思っていてそれに答えるため理屈に固執していた。もう辞めよう。過去の自分と大学にピリオドを打とう。
しかし、こう意識したらからと言っていつでもオーラが出るわけではないだろう。脳は同じインプットに対して毎度異なるニューロン発火をするからだ。つまりオーラの出し方これに極めたり、、、とはいかないだろう。今後も悩みは多い。
今回と前回の共通点は例の非常勤講師のオーラが伝染してる可能性があるということだ(憶測だけど)。その話自体にそこまでの興味を引く内容はなかった。たまに聞く内容だし、彼は話し方もうまくない(小声で目を見ない)。ライトノベルの話も聞いた。出版業界で唯一伸びてるとか、書いたら印税で暮らせるから社畜にならなくていいとか、最近自分もよく考える種類の話だ。しかしこれが関係してる可能性は否定しきれない。
どこでなにが潜在意識に影響を与えているかは当人でさえわからないからだ。表層の感情に訴えかけてこない、何気なかったとても印象の薄い出来事が自分の気分や態度を豹変させていることはよくある。 その講師の話を週一度又聞きし、オーラが伝染してはしばらくあとにまた何かのきっかけで元の凡人モードに戻り、またオーラを追い求める、ひょっとしたらぼくの人生は一生その繰り返しかもしれない。そういえば似た現象はフランス人との面会後によく起こっていた。別れたあとはいつもやたらと交渉上手になり相手をやりこめられる大胆な自分に変身する。核心をつくような日本社会の歪みや特異性への気づきが水を浴びるように急に降ってきて8日目に効果切れになる。
念仏のように「おれはもう荷を下ろすんだ」 とか「他人の人生を生きない」とか唱えたところで閉じこもっていてはオーラは切れるのかもしれない。これらの言葉は心象に浮かぶモードチェンジのきっかけで、それには土台があるのかもしれない。ここでいう非常勤講師のエピソードとそれを話す生徒のような土台が。
カテキョウ行って帰り道に歩きながら色々考えて、最近新しい非常勤講師のおかげで生徒が元気がいいことや、彼の言うとおり社畜のままじゃなくて作家とか起業で一発あてるように行動するとか、でも自分も彼も活き活きしていればどんな人生でもいいんじゃないかとか、自分しかできないことをやりたいのだから、起業もバリバリやるのも他人の生き方だし、それに影響されること自体他人の人生をいきることになっているとか、自分は理解されにくい人生を送っているが、オリジナルの人生(オーラの出し方の探求に13年を捧げてきた)だから人からの既存の物差しで評価されようがないし、評価軸はそもそもないので正解をとりようがないなどということを考えたが、単純に彼が元気なのがうれしかった。非常勤講師で音楽で一財産築き、就活時はS社やD社に通ったという彼は他の先生にないカリスマがあるらしい。
家に帰ったあとシャワーを浴びながら自分のこと考えて、この前のオーラの原因は学歴の低い人間が上司になったことへの危機感だったことを思い出し、だったらアイデンティティの拠り所にしちゃってるこの大学の人間像をもう生きるのをやめたらいいと思い、荷を降ろそうと意識したらすっと身が軽くなった。オーラなんて大げさな感覚ではなく今度はすっと変われた。大学のイメージ通り生き、他人のイメージを演じることを辞めようと思った。
そのあと嫁とDJをやったら考えすぎることなく選曲もミックスもHeavenやMoonlight shadowやInfectedなどのエピックトランスを迷わず選曲できたし、いきつけのバーが最近焼酎バーからサングリアなどを増やしたので一見の女性客が増えたとか、もう一方のバーは意外と食事が充実してるけど仕込みをしているのはマスターではなくスタッフで、だからマスターは夕方出勤しているのだろうとか言ったりした。つまり他人の立場に難なく立って物事を考えられていたのだ。
いまは心が軽くなれてる。
難しく考えてない。今までは難しく考えることを世間が自分に求めてると思っていてそれに答えるため理屈に固執していた。もう辞めよう。過去の自分と大学にピリオドを打とう。
しかし、こう意識したらからと言っていつでもオーラが出るわけではないだろう。脳は同じインプットに対して毎度異なるニューロン発火をするからだ。つまりオーラの出し方これに極めたり、、、とはいかないだろう。今後も悩みは多い。
今回と前回の共通点は例の非常勤講師のオーラが伝染してる可能性があるということだ(憶測だけど)。その話自体にそこまでの興味を引く内容はなかった。たまに聞く内容だし、彼は話し方もうまくない(小声で目を見ない)。ライトノベルの話も聞いた。出版業界で唯一伸びてるとか、書いたら印税で暮らせるから社畜にならなくていいとか、最近自分もよく考える種類の話だ。しかしこれが関係してる可能性は否定しきれない。
どこでなにが潜在意識に影響を与えているかは当人でさえわからないからだ。表層の感情に訴えかけてこない、何気なかったとても印象の薄い出来事が自分の気分や態度を豹変させていることはよくある。 その講師の話を週一度又聞きし、オーラが伝染してはしばらくあとにまた何かのきっかけで元の凡人モードに戻り、またオーラを追い求める、ひょっとしたらぼくの人生は一生その繰り返しかもしれない。そういえば似た現象はフランス人との面会後によく起こっていた。別れたあとはいつもやたらと交渉上手になり相手をやりこめられる大胆な自分に変身する。核心をつくような日本社会の歪みや特異性への気づきが水を浴びるように急に降ってきて8日目に効果切れになる。
念仏のように「おれはもう荷を下ろすんだ」 とか「他人の人生を生きない」とか唱えたところで閉じこもっていてはオーラは切れるのかもしれない。これらの言葉は心象に浮かぶモードチェンジのきっかけで、それには土台があるのかもしれない。ここでいう非常勤講師のエピソードとそれを話す生徒のような土台が。
もう一度
大学にしばられず生きてみたい。
大学の荷をおろしたい。
大学とそれに対するイメージと周りの反応と過去の自分が
のしかかって前に進めない。
何者でもない自分、オーラはそこからわいてくる。
大学にしばられず生きてみたい。
大学の荷をおろしたい。
大学とそれに対するイメージと周りの反応と過去の自分が
のしかかって前に進めない。
何者でもない自分、オーラはそこからわいてくる。