毎年、長崎では8月9日が学生全員登校日になっている
体育館のない私たちの小学校はグランドに学年全員が集まった
そしてその時間が来るとみんなで黙とう・・・
平和を尊ぶ祈りを捧げた
この光景が当たり前の日なのだから大人になっても
仕事をしていてもサイレンとともに立ち止り黙とうをした
でも、いつからだろう
私も大人になり子供を持ち
県外での生活をするようになり
はたと気づくとサイレンのならない場所にいると
その時間になっても気づかないでいることが多くなった
小4の見学旅行で原爆資料館を訪れた時のあまりの恐怖に
私はその時の人たちの写真をしっかりと見届けるとことができなかった
子どもの自分にはとてもそれを受け入れることができず
苦しみと悲しみだけが伝わって涙が止まらなかった
痛ましい人々の写真は少ししか見れず
遺品や被爆したものたちはちゃんと見ることができた
11時2分で時を止めた時計
頭から血を流しながらおにぎりを片手に持った男の子
黒こげになったごはんとお弁当箱
なにもかもが一瞬のうちに変わり果て
あれから66年経ってもなお癒えない傷に心痛める方たちを
私たちは決して忘れてはいけない
そして、唯一の被爆国のものとして
子どもへ孫へと平和の大切さを滔々と語り継がなければいけない
縁あって数年前、広島に住んでいた頃
ちょうど子どもたちは小学生だった
その3年間の夏は子どもたちもきちんと平和教育を学べて本当に良かった
そして今、真二さんが「大和~YAMATO~」のメッセージを歌われるたびに
今までのいろんな思いがこみ上げてきて毎回胸が熱くなってしまう
なにかに引き寄せられるように今、自分の中で変化していることがある
手さぐりだけれどそのなにかは少しずつ形になりつつあるようだ
2011年 47歳の夏
体育館のない私たちの小学校はグランドに学年全員が集まった
そしてその時間が来るとみんなで黙とう・・・
平和を尊ぶ祈りを捧げた
この光景が当たり前の日なのだから大人になっても
仕事をしていてもサイレンとともに立ち止り黙とうをした
でも、いつからだろう
私も大人になり子供を持ち
県外での生活をするようになり
はたと気づくとサイレンのならない場所にいると
その時間になっても気づかないでいることが多くなった
小4の見学旅行で原爆資料館を訪れた時のあまりの恐怖に
私はその時の人たちの写真をしっかりと見届けるとことができなかった
子どもの自分にはとてもそれを受け入れることができず
苦しみと悲しみだけが伝わって涙が止まらなかった
痛ましい人々の写真は少ししか見れず
遺品や被爆したものたちはちゃんと見ることができた
11時2分で時を止めた時計
頭から血を流しながらおにぎりを片手に持った男の子
黒こげになったごはんとお弁当箱
なにもかもが一瞬のうちに変わり果て
あれから66年経ってもなお癒えない傷に心痛める方たちを
私たちは決して忘れてはいけない
そして、唯一の被爆国のものとして
子どもへ孫へと平和の大切さを滔々と語り継がなければいけない
縁あって数年前、広島に住んでいた頃
ちょうど子どもたちは小学生だった
その3年間の夏は子どもたちもきちんと平和教育を学べて本当に良かった
そして今、真二さんが「大和~YAMATO~」のメッセージを歌われるたびに
今までのいろんな思いがこみ上げてきて毎回胸が熱くなってしまう
なにかに引き寄せられるように今、自分の中で変化していることがある
手さぐりだけれどそのなにかは少しずつ形になりつつあるようだ
2011年 47歳の夏














」と笑わせる真二を見ながら
大丈夫・・・
















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