まず大前提として今回の騒動の原因について考えてみよう。
これほどまでに両者の意見が違うのには原因がある。
それは「声優」「アイドル」「芸能人」というものに対する前提の違いだ。
外国のパパラッチに代表されるように「芸能人」というものは雑誌の記者などに追いかけ回される存在になっている。
しかし、まずここで前提条件の違いが生じる。
①芸能人のように見られることが仕事の人間であれば、プライベートも見られて当然。
②芸能人でも仕事は仕事、プライベートはプライベート。
というものである。
人間の良心をもってして考えれば、前者が正しいのは当然である。
しかし、時代が進むに連れて、芸能人という仕事がカバーする領域がプライベートの領域まで侵食してきたのだ。
お笑い芸人に代表されるように今や、プライベートの隠し撮りなどほぼほぼ当たり前。
プライベートのどっきり映像で人気を取るものまで現れてきた。
こういうテレビ番組などを見て、育ってきた人間は「芸能人はプライベートも晒して当たり前。」という概念を持つようになる。
なぜなら、それでお金をもらっているのだから、というわけだ。
ここにはお金をもらう=仕事=やって当然のものという図式が成り立っている。
この前提は「本来はプライベートを晒すことは仕事の一部には入ってきていない。」
という単純な一言で崩れてしまうわけだが、上記の図式を盲信してしまっているものは、それを受け入れられないのである。
そしてそれは「アイドル」というモノにも通ずる。
アイドルは芸能人=プライベートを晒すのは当たり前という図式だ。
また企業がアイドルを売り出す上で擬似的な恋愛感情を利用したこともここの問題に挙げられる。
ただ、可愛らしいという理由で応援するファンだけを囲い込むだけなら問題なかったが、
盲信する信者を量産したほうが、はるかに売れるということを知っている企業側は
それを利用せざるを得ない。
恋愛感情は通常の感情よりはるかに優先されやすいものだ。
よって「恋愛禁止」などのルールを明確化して、そういう類の話をすることをアイドルに禁止し、嘘をつかせる。そして、そういうファン層を囲い込みにはしる。
しかし、これは別に悪いことではないことだけは明言して置こう。嘘をつくことはどうであれ、営利活動としては一般的である。
(しかし、サービスを受ける側としては受け入れがたいのだが)
そしてアイドルという概念は「声優」の領域まで持ち込まれることになる。
芸能人=アイドル=声優=プライベートを晒すのは当たり前という図式だ。
すでにこの図式は論理的にボロボロになっているのにお気づきだろうか?
しかし、人間は単純に考える傾向が強い。
深く考えず、上記のような図式を一般的だと捉えてしまうのである。
それを理解できる人間と理解できない人間で、この事件に対する意見が大きく変わってしまうのだ。
今で言えば、
週刊ミューレweb版を支援するものは①の前提に立ち、
週刊ミューレからスフィアを守る会の人間は②の前提に立っている。(書いてある内容はどうであれ)
だから話がかみ合わないのだ。
(一般人からすれば両者ともキモイということになる)
この問題を解決するためには、その前提をもちながら話を進める必要がある。
週刊ミューレ側のやり方は、ただの犯罪に近い行為であり、
週刊ミューレからスフィアを守る会のやり方も決して褒められるものではない。
今後も両者がどう動くのかを観察して、分析を入れていきたいと思う。
