LNR-MOVの映画感想文

LNR-MOVの映画感想文

文芸からZ級ホラーまで…

これは「批評」ではなく「感想文」。


だから個人的な文章だし、マニアックな情報もあれば、更新も不定期、劇場公開作やオススメ映画ばかりではありません。

これから作品を観る人のために、出来るだけネタバレなしを心掛けて書きます。週末にレンタルする作品を選ぶ参考に…程度の、ゆるい気持ちで読んで頂けると幸いです。

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LNR-MOVの映画感想文


【作品情報】

ガタカ/GATTACA


製作年/製作国:1997年/アメリカ

監督:アンドリュー・ニコル

脚本:アンドリュー・ニコル

出演:イーサン・ホーク、ユマ・サーマン、ジュード・ロウ


観終わった後、しばらく余韻に浸っていたい映画がある。
どの作品かは人それぞれだが、定番は『スタンド・バイ・ミー』、最近だと『ミスター・ノーバディ』、古くは『市民ケーン』や『ライム・ライト』といったところだろうか。日本的な表現で言えば「心に沁みる」作品たちばかりだ。


このような素晴しい余韻を残してくれる作品は、数年に一度、突然変異のように現れては、興業的な成功とは別に多くのファンを獲得し、ファンとなった人たちは何度も何度も、取り憑かれた様にその作品を見る事になる。


何度も観ることになるのは、その作品が素晴らしいと感じると同時に、その作品の持つ魅力(魔力?)に包まれる感覚を忘れられず、また同じ感覚に浸りたいと中毒のような状態になるからだ。こんな映画に出会った時、この作品のために時間を使って良かったと心から思えるものだし、(余計なお世話だが)まだ観てないであろう友人知人に薦めたくなるのを押さえられなかったりする。

偉そうな言い方をさせてもらえば、「この作品を観てないということ事は、人生のうちの大切な2時間をまだ体験していない」というくらいの作品。それが、今回の『ガタカ』だ。


そう遠くない未来。

遺伝子工学の進歩による出生前の遺伝子操作で、外見も知能も体力も寿命でさえも操作できる時代。遺伝子操作で生まれた「適正者」と、自然妊娠で生まれた「不適正者」の間で、社会的な差別が発生していた。「不適正者」として生まれたヴィンセントは、子供の頃から宇宙飛行士を夢見ていたが、それは「適正者」だけに許された資格。しかし、夢を諦めきれないヴィンセントは、ある手段を用いて宇宙局“ガタカ”に入局することに成功する。夢を現実のものとするまであと一歩のヴィンセントだが、ガタカ内部で彼の存在を揺るがす危機が発生する…。


医者が、妊娠を望む夫婦に説明する。遺伝子操作で、病気の要因を取り除く、身体的特徴の操作、知能指数向上の要因の付加など、「適正者」とされる子供を「創造」することを。


出来るだけ自然な形での妊娠を望む母親に対して、医者と父親は、「適正者」として産んであげる事が親の務めだと言う。出生前に遺伝子を操作して、(劇中世界で)理想とされる子どもを作ることを明示するこのシーンは、文章で読むとドキッとするかもしれないが、映画では違和感なく、ごく自然な流れで描写される。つまり、これが当然となっている世界なのだ。なかには遺伝子操作に反対して自然な形で生まれてくる子供もいるが、それが「不適正者」として、社会的に差別されている。

最もショッキングなのは、映画の冒頭「不適正者」ヴィンセントが生れてくる場面。赤ん坊は生まれた瞬間に、今後掛かる病気・寿命などがすべて分かってしまう。ヴィンセントはここで、今後の人生の可能性をある程度制限されてしまうのだ。そして、成長した彼が宇宙飛行士を夢見ても、両親でさえ「お前には無理だ」と否定する。なんと、悲しく辛いシーンだろう。


この物語について、制作当時のNASAは「非常に現実的なSF映画」と評価した。『ガタカ』のような技術が確立され、こんな社会が目前に近づいているという暗示的なエピソードだ。


自分の可能性を、科学的・医学的に否定される。「お前には無理だ」と実の親にすら言われる。しかし、本作の希望は、ヴィンセントがそれでも自分の夢を諦められずに、違法な手段であっても突き進んでいくという展開。彼はある手段を用いる事で、「適正者」しか許されない宇宙局『ガタカ』に入局することに成功するが、そんな彼を脅かす事件が内部で発生する。


ここから映画はサスペンス的な展開となるが、ハラハラドキドキという雰囲気よりも、彼の夢は叶うのか、それとも潰えてしまうのかという、ある意味悲哀を含んだ独特の雰囲気で物語は進行する。彼を信じようとする人、疑う人、彼の夢に賭けた人…。様々な人間が彼を取り巻くが、この不条理な社会がどこかおかしいとは誰もが心のどこかで思っている。でも、これが常識とされているので、誰も口には出さない。ヴィンセントだけが、否定された自分の人生を取り戻すために、もがいて苦しんでいる。

物語は一貫して、悲しみを帯びて進行する。夢を、自分を取り戻すための物語だからだ。


本作は、ジュード・ロウの初期出演作でもあるが、本作での彼は文句なしに素晴しい。詳しくは作品を観て欲しいが、彼はヴィンセントと深く関係する重要な人物を演じるのだが、彼もまた悲しみを抱え、人生に絶望し、またそれを取り戻そうとしている。彼がヴィンセントのために起こす行動は、同時に自分のためでもある。本作の最後、彼がどんな答えを自らに出すのか、どんな自分を取り戻したのか、それをぜひ観て欲しい。


『ピアノ・レッスン』で評価の高いマイケル・ナイマンの奏でる悲しげな旋律に乗せて、夢を追い求める男の儚い物語。


最後には、なんとも言えない救いを与えてくれる、観て損はない素敵な作品だ。


未見の方は、ぜひご覧頂きたい。