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真理の法則

この世の中に起きていることは全て、幸せの流れの中にあるものでそれに”気づき”その意味を”理解”することで人生は驚くほど変わります。

その気づきと皆様が幸せな人生をありのまま受け止められるように願ったブログです。


お久しぶりです!!

私事なのですがこの一週間でいろいろな事がありました。


皆様には転機というものがあると思うのですが、ちょうど私も転機を迎えていました(^-^)





人に助けられる星の下に生まれてきたのか、いつも転機にはパワーのある重要人物がポン!と目の前に現れます。



今回はスピリチュアル面で言うと従姉妹、人間的な心の面でいうとお世話になってる仲間内の先輩方でした(^-^)





私の家系は霊感が強く、従姉妹はスピリチュアルな分野でプロと言われるポジションなのですが普段はサンフランシスコにいます。

従姉妹に会いたいなあと思っていた矢先、私の家に来ると母から聞いたのでビックリしました。



従姉妹が運営しているHPなのでよろしければご覧ください(^ ^)







従姉妹とスピリチュアルな話になったのですが、やはり見えない世界の繋がりと見える世界の繋がりはシンクロしているなと実感しました(^-^)





私はもともと気性が荒い、気分の波が激しい人間です。


例えば友人の結婚式などに参加すると幸せすぎて涙がボロボロ出てトイレに駆け込むレベル。人の悲しい話を聞くと辛すぎてボロボロ泣いて寝込む程になってしまい大変でした。



それ以外にもその人の持ってる感情(特に悪いもの)を吸収しやすく、友人の鬱がうつったり心の調子が悪い人が集まる空間に行くとその人たちの負の持ち物を一斉に感知して自分の心のキャパ越えをした際には一気に荒れる、というような事もありました。


”その人たちの苦しみ”を体験してる時間は自分はどこかに追いやられ、飽和状態でそれに対して自分も泣いているという形だったのでとてもメンタル部分では過酷な時代でした。




何故だろう…これは何かおかしい…この性格は自分じゃない気がする…という疑問から深堀りするとどんどんスピリチュアルに携わることになりました。






従姉妹には”スポンジ型ヒーラータイプ”と言われたのですが、その言葉がしっくり来るほどにとても吸収しやすいんです。


世間ではエンパス体質とも言われています。





私以上に吸収しやすい知り合いが何人かいるのですが、ある人は神社の鳥居の手前で人が置いて行った悪い念が入って来てしまい、突然号泣し始め身体の震えが酷く倒れそうになったという場面にもご一緒させていただいたことがあります。

知り合いの霊能者にエンパス体質を改善するトレーニングを受けていた際に一緒にいた方なのですが、ドキュメンタリー番組を見ているかのようでした。





他にも私が通っているエステの施術の後にはこの上ないほどスッキリするのでまさに癒しだな…と思ってたんですね。


ですがふとした内容から担当の方とスピリチュアルの話になり、悪いものを吸収してしまう…と話したらその方もそうなのだという事がわかりました。



エステ中あるお客様を施術してる際に突然悲しくなり、涙がボロボロ出てしまったそうなのです。
何も言わず続けていたらお客様が泣き出したので、そこから自分は吸収していると確信して解決しようとするほどスピリチュアルに辿りついた、という話を伺いました。




私が異様にスッキリしたのは担当の方が私の悪いものを全て貰ってくれていたんだとわかり、腑に落ちました。



感謝と申し訳ないという複雑な気持ちを伝えたらその方は受け取るのが仕事です(^ ^)とサラリと言うので、プロですよね…!





私の課題は良いものでも悪いものでも必要以上に他人のものと自分を混同させない訓練をすることなのですが、その方法のひとつが”瞑想”になります。



”自分”というものが見えてくるので、他人からの念や想いが寄ってきても区別がつくようになります。



エンパス体質ではない方にも自分と向き合う作業になるので瞑想はオススメです(^ ^)








従姉妹はサンフランシスコで瞑想を教えているのですが、とても奥深いです。


”自分”というものとただひたすら向き合う作業にもなるのですが、瞑想をしていくほど不要な物も剥がれていきます。








こだわりや価値観、つまり執着ですね。それも薄れていきます。




人との関係で一番の壁となるものは価値観というものだと思うのですが、価値観さえこだわりや執着だと私は感じています。





”平和”というワードのイメージから離れるほど執着というものがそこにはあるようにも思います。






価値観があるからこそ戦争は続き、こだわりへの固執の集まりがグループ、組織、国、規模は様々ですがあるのだと思います。




そのグループの中では良いのかもしれませんが、外を見た時にそれが”平和”ではなくなるから戦争は未だ起きているのかもしれません。




真理の考えからいうと全てにおいて平和的であることも人への課題になっているので、何かの枠組みをしてしまうことは真理から離れてしまい争いは起きるようにもなっている気がします。

これも人々への”気づき”の出来事なのですが、世界の平和については祈ることしかまだ私には出来ません(u_u)





それは自分の中でもそうで、自分を何かに枠組みをしたりキャラクターを作り上げることなどは執着でもあり、自分と自分の戦争状態のような心持ちになってしまいます。


それを取り払うのが瞑想になります(^-^)




まず自分という一番小さな枠を平和にしないと、人とも平和な関係を広めることは難しいのかもしれません。

負の連鎖が広がってしまいます。







気の合う人同士のグループ分け、など学生時代にはよく見られましたがそのグループ分けも規模は小さいですが執着のひとつの形だと感じます。



グループが国レベルになると戦争となりますが、学校規模で見た時にはそのグループ分けが校内やクラス内での戦争か冷戦みたいな状況になり兼ねませんよね(u_u)






私は学生時代グループには入らず好きな時に好きな人とコミュニケーションを取っていましたが、知識がなかった時ではありましたが肌では”平和ではない”と感じていたからそういう自分のあり方でいたのかもしれません。



もともと困ってる人を放って置けないという性格でもありましたが、いじめられていた子たちとも仲良くしていたので先生に頼まれ自分のクラスにはそういう子たちが増えていき、いじめっ子とはそのことで喧嘩をしたこともあります。




いじめていた子たちは、施設育ちで両親からの愛を得られなかったためにその叫びを何処かで表現したかっただけなんですね。



だからいじめっ子へも喧嘩するわりにいつも気になって仕方がない性格でした。


喧嘩してない時もやたらちょっかい出して来るな…と思ってたのですが、もしかしたら放って置けないという私の心を感じて不器用ながら何か表現したかったのかもしれません。







こんな性格なので、仲良くさせていただいてる大好きな仲間内は同じような形です。



いつも同じメンバーで固執はしていなく誰でもウエルカム!というような温かい集まりで仲間の恋人、仲間の友達などいる時もあり平和な体制がそこにあるのでそんな人たちといるといつも心が温まります。



その中で特にお世話になってる先輩は壮大で、人種差別などの問題を解決する願いを取り入れながら自分の特技とミックスさせた会社を設立しようとしています。




他にも私がお姉さんとして慕ってる先輩は過去にいじめを無くしたこともある正義感に溢れる方で、私が落ち込んだ時にもいつも気にかけてくれていろいろな形でエールをくださります。




先輩方は瞑想をしているかというとしていないかもしれませんがいつでも芯があり、それを他人へ押し付けることはなくただ”平和”で”愛を知ってる人”というワードがしっくり来ます(^-^)







自分という存在が生きている限り価値観などは少なからずあるものですが、それは自分個人の中でそれぞれが楽しむものでいいのかなと思います。

人や自分以外の何かに使うものではないようにも感じます。






それを自己顕示欲から来るものなのか、不安だからなのか、納得していないからなのか、何かを求めているのか、どこからか来るその何かマイナスなものから共鳴し合って形成されていく人との繋がり、そこからのグループや集まりは少し”平和”とは違うのかもしれません。




誰かを傷つけてしまう、誰かに不快な思いをさせてしまう、ということがあればそのグループや個人に何か平和ではないものがあるのかもしれないと私は感じます。






いろいろなしがらみが複雑に絡まっているようにも思うので、誰が悪い、何が悪いという感じには思えませんが、気づいた人がその流れに流されずに自分の中と他人との関わりでの平和を意識するだけで水面下では大きく変化が起きます(^ ^)







話にまとまりが無くなってしまったのですが、私がエンパス体質と自覚してから瞑想を未熟ながら行って”自分”というものを見つめた時には生きてるだけで十分と思いました。




そんな自分が人やなにか外の物と関わる時は、何をどうしようというわけでもなくただ”平和を広げたい””愛というワードで溢れさせたい”という気持ちがまず先行します。


温かさのシェアというニュアンスです(^ ^)








平和や愛に、個性や価値観や性格なんて関係ありません。



もちろん価値観や個性は人それぞれにあることなので素晴らしい事でもあるのですが、そちらを他者との関わりで先行してしまうと争いが起きてしまいます。



平和や愛というような流れを先行して、その上で差し支えないバランスで価値観や個性を出すことでしたら私は感覚的に良いイメージを抱きます(^-^)






自分以外の何かとの繋がりにおいては根本的に人が持っている”心”があるだけで十分です。




価値観や執着などの響きが穏やかではないようなものは、心を鈍らせてしまいます。







私がひとつひとつ記事を書いてく中でも真理や意見も含まれますが、読者の方々を型にはめるようなものにならないように意識していきたいという思いがあります(*^^*)



概念や価値観だと感じる部分もあるかと思いますがなるべく平和や穏やか、幸せや人々が笑う、困らず、といった曖昧のようで淡く広いといったイメージで書かせていただきます(*^^*)







前半は私事の話を読んでくださりありがとうございました。


エンパス体質というものの紹介も兼ねてもし思い当たる部分があるという方がいましたら、とても苦しいと思うのでご自身の体質を理解した上で自分とそうではないものの区別を出来るように瞑想など行ってみてください(^-^)


ちなみに私は”グリーンマイル”という映画を見てから自分がエンパス体質だと気付きました。





そして瞑想をすることで自分がシンプルになるので、価値観や個性というものに囚われずに過ごすこともできます。

そんな人の集まりに争いなどは皆無です。






瞑想、自分、人との繋がりについての記事を挟みましたが、次はもともと書いてきた恋愛の記事の続きを紹介していこうと思います(^-^)



読んでくださりありがとうございました(*^^*)