たしか、僕が小学生の頃に発見されたと思うんですよ、吉野ケ里遺跡。

 

当時の佐賀にはほんと目立った観光で有名なものがなかった。

 

当時、佐賀って?って聞かれて一番有名なのは、個人的にはバルーンだと思ってたんだけど、今考えるとさ、多分他県の人からすると、そもそもバルーンってなに?って感じだろうな。

 

そんな観光不毛な時代に突如現れたのが、この吉野ケ里遺跡。

 

みんな大好き、僕も大好き三国志の時代に書かれた魏志倭人伝に書かれている卑弥呼が治める邪馬台国ってのは、この吉野ケ里遺跡だったんじゃない?ってことで一躍有名に。(今ではその通説もだいぶ変わって、吉野ケ里遺跡=邪馬台国ではないってのがい一般化してるみたいだが。。。)

 

ただ、小学生の頃に発掘されたのはいいけど、公園化されたのは僕が社会人になった後だったのもあって、実はなにげ今回が初めての吉野ケ里遺跡でした。

 

吉野ケ里歴史公園





そして、ちょっと気付いてしまったのが



 

チケットの設定に2日間通し券があるだと?

 

東京ディズニーランド級のエンタメならまだしも、この吉野ケ里遺跡に2日間足を運ぶに足る価値があるのだろうか?

 

しかとこの目で確かめようと思います。

 

ただ、値段設定が1日券460円、2日間通し券が500円ってところに、ちょっと運営側の弱気な部分が垣間見えます。(笑)

 

40円しか変わんないじゃんね💦

 

因みに、吉野ケ里遺跡は時代で言うと弥生時代なんだけど、子供の頃の歴史の教科書で最初の方に出てきてたよね、縄文時代、弥生時代って。

 

超絶乱暴に書くと、縄文時代が狩猟中心、弥生時代が稲作中心的なね。

 

ここら辺の時代は当時と今ではだいぶ認識が変わってきていて、特に縄文時代の部分は今では僕らが習った内容とだいぶ違った内容で教科書に記載されていて、縄文時代から稲作はやってたってのが今では定説に変ってるみたいです。

 

歴史の研究が進んで教科書の内容が変わるってのは、面白いよね。

 

ってことで、いざ吉野ケ里。



 

因みに、なんで今回来たかというと



 

そう、何故かここも日本百名城の一つなので(笑)

 

なんでここが城なんだよ!って思いもあったのだが、確かに杭をうって防衛してたのは事実らしい。



要するに稲作が始まって定住するようになったら、その土地を外敵から守る必要があったってことなので、ある意味広義の『城』になるのかもしれない。。。(知らんけど)

 

弥生人、想像以上に生活水準が高いことにびっくり。







肌を隠す、とういうより、ちゃんとファッションしてるじゃないですか!



 

結論 : 吉野ケ里遺跡は、1時間~2時間でおけ。2dayパスは。。。