ワンダーラウンジナイト2/5
これで参加するのは4回目だったかなあ。好きなミーティングのひとつ『ワンダーラウンジナイト』です。何にもないのです。ただそこにいるだけの事の空気感がとても良い。途中で駐車場の入口のチケットが出なくなってコーディネーター(このネーミングでいいのかなあ)の友野さんが大変だったみたいです。ご苦労様でした。マイミクの小林さんからは美味しいお土産なんかいただいたりして、ごちそうさまでした。たくさんのマイミクさんも参加してらっしゃったみたいですけど、すべての方とお会い出来なかったのが残念です。まあ先は長いのでそのうちお会い出来る事でしょう。次は4月9日。おあいしましょう。声をかけてやって下さい。掲載写真のナンバー消せなくてすみません。






























30日は江ノ島へ
日曜日はマイミクの☆りゅう☆さんコーディネートの『江ノ島目指してクルージング』に参加してきました。私はスケジュールの都合で現地に直行したのですが、寒かった。さすが夏暑く冬寒い私のFORDです。前後にホッカイロをセットしましたが関係無し。8時半についたので江ノ島デニーズで朝ご飯。皆さんが到着予定の9時半までまだ時間があるのでコーヒー腹になってしまいました。9時過ぎに指定の駐車場に入って一行を待ちました。釣り人がいたので見てたら野良猫が6匹いて、みんな栄養満点の大デブ。ウチのポチとタマの倍くらいの大きさ。釣り人が魚をあげてるらしい。そうこうしてるうちに一行の到着。☆りゅう☆さんに挨拶してしばし車見物。100円玉聡取りジャンケンでは、やはりマイミクのけんたさんが獲得。いくら入ってたんだろう?取材に来てたアメマガの編集長も100円寄付してました。ちなみに私は一回戦で見事に敗退。お昼はおすすめの『とびっちょ』で美味しいトビッチョ丼をいただきました。バン系のミーティングで、他の方がたくさん写真をアップしていらっしゃるので、違うものをアップさせていただきました。それにしても寒かったです。














幕張オートサロン
朝7:30に朝霞を出発。8:30に湾岸習志野についたが渋滞してたので(渋滞してる車の中にアメ車がいない!!!胸騒ぎ)千葉東まで行ってUターン。8:45メッセ着。駐車場が入る車で渋滞してたのでコストコに(ちゃんと200円のホットドッグを買った)。会場に入って責任者に挨拶(30年以上の付き合い)。会場散策。アメ車がいない!!! 2年前にここのライブステージのプロデュースをしたが、そのときはもっといたような、、、。広いメッセの会場で見かけたアメ車は10台くらい。こりゃダメだということで11時には退散。やっぱり竹ヤリ&デッパでスタートしたイべントだから私にはあわないとおもいました。淋しかったのはあの広い
幕張の駐車場に1台のアメ車も見かけなかった事。コストコに行ってお買い物。いつものローストチキンとテキーラとファブリーズの詰め合わせとビタミンCとスナップエンドウとマフィンを買って帰りました。そうそう、帰りに臨時駐車場入口に並んでる白いH2を見ました。来年はどうしよう。
トップのZはLT1を積んでた。そんなことしなくても、コルベットに乗った方が良いのではないか!!!!!








幕張の駐車場に1台のアメ車も見かけなかった事。コストコに行ってお買い物。いつものローストチキンとテキーラとファブリーズの詰め合わせとビタミンCとスナップエンドウとマフィンを買って帰りました。そうそう、帰りに臨時駐車場入口に並んでる白いH2を見ました。来年はどうしよう。
トップのZはLT1を積んでた。そんなことしなくても、コルベットに乗った方が良いのではないか!!!!!









私とCOOLS
よくクールスとはどういう関係なんですかっていうメッセージをいただきます。昨年のアメフェスのパンフレットに書いた原稿があるのでそれをそのまま流用して説明とさせていただきます。アラフォー以上の世代向けのネタでしょうね。
『私とクールスの事を書いてみたいと思います。最初は40年前のジミーとの出会いが始まりです。当時彼は歌舞伎町でプラプラしてた不良で、すごく存在感のある奴でした。自分はジャズ喫茶(当時のライブハウス。その頃あったサンダーバー
ドという店でマネージャーやってたのが今の名物芸能マネージャー野田社長)で
ドラムたたいてました。ジミーはお店でよく唄ってたけど、うまかった。ファッ
ションも雰囲気も今と全然変わってない。変わったのはアタマだけ。よくケンカして血だらけになってたっけ。その後年月が経って、私がトリオレコード(いまのケンウッド)という会社で宣伝プロデューサーをやってた時、偶然彼と会いました。何してんのよという事になって、話を聞いてみると、クールスというR&Rのグループをやってるんだけど、リーダーと別れて、今レコード会社を捜してると言うじゃありませんか。当時のトリオはろくなアーチストがいなくて、自分も探してたとこだったので、『じゃあうちでやれよ。いち押しでやらせるから』と半ば強引に契約させました。ジェームスの歌とセンスは昔から良いと思ってたので、なんとかなるだろうと考えてました。でも契約したのは良いけれど、キングレコードからクレームが来て、クールスの名称は登録してあるから使用しないでくれという事でした。そこで私が一晩寝ないで考えたのがクールスロカビリークラブでした。どうよって言ったら、いいんじゃないって簡単に納得してくれたのを覚えています。ただ、このネーミングでクールスの音楽性をかなり偏ったものに誤解させたと思っているので、今は悪かったなあと思っています。スゴいグループなのに、音楽評論家の拒否反応にあってしまったのです。山下達郎(当時はクールスの方が売れてた時に私がセンチメンタルニューヨークのアレンジをさせた)や近田春夫はすごくジミーを認めてくれたけど…
当時クールスロカビリークラブというアルバムでデビューしたんだけど、これが最悪だった。制作部長が外部からプロデューサーをつれてきて、そいつに全部まかせちゃった。そいつはフォーク歌手だったみたいで、R&Rなんかわかってやしない。山のなかのスタジオにメンバーを閉じ込めて、すでにスタジオミュージシャンでレコーディングが終わってる他人に作らせた曲をもってきて、さあ唄えと言う。打ち合わせなんてあったもんじゃない。みんなお前が唄えって譲り合ってた。当時私は宣伝担当だったから連中の不平不満を聞く係でした。それで出来たのがあの『クールスロカビリークラブ』。当時アメリカのプレイボーイと契約して立ち上げたプレイボーイレーベルの第一弾でのデビューでした。宣伝プロデューサーとしては、鳴り物入りのデビューだから失敗は許されませんでした。評論家の支持を取り付けられなかったから、もっぱら雑誌のグラビアと広告でそのキャラクターを前面に押し出してのイメージ戦略をとりました。ハーレーがすごく効果的だったのを覚えています。当時Mr.Bikeの編集長に気に入ってもらって、そこと男性誌にやたら特集してもらいました。逆にそれが良かったみたいで、アルバムは成功しました。トリオレコード始まって以来のアルバムセールスでした。キングレコード時代のセールスを抜いたのが嬉しかった。ただメンバーはやらされたレコードだから面白くなかったようです。そんな頃ジミーと話して、曲作ってるんだったら聞かせてく
れよということで、聞かせてもらったらスゴかった。制作部長にすぐ2枚目を創らせてくれと直訴しました。私がやるから1枚目のスタッフはやめさせてくれとお願いしたら、信頼されてたみたいで、じゃあまかせるからやれといってもらいました。だからトリオの2枚目からはレコードの企画番号が違うはず。とにかくジミーをせっついてオリジナルを作っていったんだけど、詞がなかなかあがらない。どうしても2曲の詞ができなかったので、私の奥さん(当時は結婚してた)に書かせました。それがキューティスーとあの娘はマタニティでした。この詞をのぞいてあとはすべてクールスでしあげました。荒削りな演奏でしたがすべてメンバーで演らせました。絶対に会社の連中にはレコーディングを見せませんでした。何を言われるか分かったもんじゃなかったから。でもアッツイ演奏でした。勢いのある演奏でした。一番の掘り出し物はジミーのアレンジとギターワークでした。彼のギターがク
-ルスの色を創ってると言っても過言ではありません。そうして完成したのが私が最初に創った『BE A GOOD BOY 』。ジャケットの写真は私がいつも車で通ってた甲州街道の大原交差点そばのガソリンスタンド(今はありません)で撮影しました。めちゃくちゃ自信作でした。何と1枚目を出して5ケ月後の発売でした。これが本当の意味でのクールスのデビューアルバムだと思っています。御陰様で1枚目のクールスロカビリークラブの3倍以上売れました。クールスの音楽性が認められたんだと思いました。当時のジミーは湯水のごとくメロディーを創ってきました。創ったワンフレーズを入れたテープを二人で聞きながら、えらんだフレーズを1曲の作品に仕上げていくのです。そうやって出来たのが『THE COOL』。『BE A GOOD BOY』を進化させた、よりクールス色が確立されたアルバムだと思います。当時クールスには事務所がなく、私がマネージャーからファンクラブの運営まですべてやっていました。クールスのキャラクターグッズを企画したり、ファンクラブの会報(すべて手書きの会報でした)を書いたり、大変だったけど楽しかった。いろんなことがありました。ジミーとスタジオで殴り合いもしました。良い思い出です。この2枚のアルバムをもとにライブアルバムをレコーディングしたんだけど、それが『デッドヒート日比谷』。いろいろな意味で苦労させられたアルバムです。信じられない事をやっていますがナイショです。クールスも35周年。あの思い出イッパイの日比谷で9月にライブをやります。死ぬまでR&Rやってくれると思います。これからも応援してやって下さい。もちろんアメフェスも。
スーパーアメリカンフェスティバル事務局代表 増井淑博
(2010年のスーパーアメリカンフェスティバルパンフレットより)
http://www.youtube.com/watch?v=lA_jf1DoVx4&feature=share
フランクの弾いてるホワイトファルコンはあるメンバーのおかげで行方不明。モッタイナイ。ケンがワカイ!!!このファラオ持ってたけど、猫にオシッコやられて人にあげちゃった。持っとけばよかった。皮のやつは持ってるけど、COOLSじゃないんだな。
http://www.youtube.com/watch?v=0vkrsfCZRQA&feature=share
ジミーをスターに出来なかった自分が悲しい。
『私とクールスの事を書いてみたいと思います。最初は40年前のジミーとの出会いが始まりです。当時彼は歌舞伎町でプラプラしてた不良で、すごく存在感のある奴でした。自分はジャズ喫茶(当時のライブハウス。その頃あったサンダーバー
ドという店でマネージャーやってたのが今の名物芸能マネージャー野田社長)で
ドラムたたいてました。ジミーはお店でよく唄ってたけど、うまかった。ファッ
ションも雰囲気も今と全然変わってない。変わったのはアタマだけ。よくケンカして血だらけになってたっけ。その後年月が経って、私がトリオレコード(いまのケンウッド)という会社で宣伝プロデューサーをやってた時、偶然彼と会いました。何してんのよという事になって、話を聞いてみると、クールスというR&Rのグループをやってるんだけど、リーダーと別れて、今レコード会社を捜してると言うじゃありませんか。当時のトリオはろくなアーチストがいなくて、自分も探してたとこだったので、『じゃあうちでやれよ。いち押しでやらせるから』と半ば強引に契約させました。ジェームスの歌とセンスは昔から良いと思ってたので、なんとかなるだろうと考えてました。でも契約したのは良いけれど、キングレコードからクレームが来て、クールスの名称は登録してあるから使用しないでくれという事でした。そこで私が一晩寝ないで考えたのがクールスロカビリークラブでした。どうよって言ったら、いいんじゃないって簡単に納得してくれたのを覚えています。ただ、このネーミングでクールスの音楽性をかなり偏ったものに誤解させたと思っているので、今は悪かったなあと思っています。スゴいグループなのに、音楽評論家の拒否反応にあってしまったのです。山下達郎(当時はクールスの方が売れてた時に私がセンチメンタルニューヨークのアレンジをさせた)や近田春夫はすごくジミーを認めてくれたけど…
当時クールスロカビリークラブというアルバムでデビューしたんだけど、これが最悪だった。制作部長が外部からプロデューサーをつれてきて、そいつに全部まかせちゃった。そいつはフォーク歌手だったみたいで、R&Rなんかわかってやしない。山のなかのスタジオにメンバーを閉じ込めて、すでにスタジオミュージシャンでレコーディングが終わってる他人に作らせた曲をもってきて、さあ唄えと言う。打ち合わせなんてあったもんじゃない。みんなお前が唄えって譲り合ってた。当時私は宣伝担当だったから連中の不平不満を聞く係でした。それで出来たのがあの『クールスロカビリークラブ』。当時アメリカのプレイボーイと契約して立ち上げたプレイボーイレーベルの第一弾でのデビューでした。宣伝プロデューサーとしては、鳴り物入りのデビューだから失敗は許されませんでした。評論家の支持を取り付けられなかったから、もっぱら雑誌のグラビアと広告でそのキャラクターを前面に押し出してのイメージ戦略をとりました。ハーレーがすごく効果的だったのを覚えています。当時Mr.Bikeの編集長に気に入ってもらって、そこと男性誌にやたら特集してもらいました。逆にそれが良かったみたいで、アルバムは成功しました。トリオレコード始まって以来のアルバムセールスでした。キングレコード時代のセールスを抜いたのが嬉しかった。ただメンバーはやらされたレコードだから面白くなかったようです。そんな頃ジミーと話して、曲作ってるんだったら聞かせてく
れよということで、聞かせてもらったらスゴかった。制作部長にすぐ2枚目を創らせてくれと直訴しました。私がやるから1枚目のスタッフはやめさせてくれとお願いしたら、信頼されてたみたいで、じゃあまかせるからやれといってもらいました。だからトリオの2枚目からはレコードの企画番号が違うはず。とにかくジミーをせっついてオリジナルを作っていったんだけど、詞がなかなかあがらない。どうしても2曲の詞ができなかったので、私の奥さん(当時は結婚してた)に書かせました。それがキューティスーとあの娘はマタニティでした。この詞をのぞいてあとはすべてクールスでしあげました。荒削りな演奏でしたがすべてメンバーで演らせました。絶対に会社の連中にはレコーディングを見せませんでした。何を言われるか分かったもんじゃなかったから。でもアッツイ演奏でした。勢いのある演奏でした。一番の掘り出し物はジミーのアレンジとギターワークでした。彼のギターがク
-ルスの色を創ってると言っても過言ではありません。そうして完成したのが私が最初に創った『BE A GOOD BOY 』。ジャケットの写真は私がいつも車で通ってた甲州街道の大原交差点そばのガソリンスタンド(今はありません)で撮影しました。めちゃくちゃ自信作でした。何と1枚目を出して5ケ月後の発売でした。これが本当の意味でのクールスのデビューアルバムだと思っています。御陰様で1枚目のクールスロカビリークラブの3倍以上売れました。クールスの音楽性が認められたんだと思いました。当時のジミーは湯水のごとくメロディーを創ってきました。創ったワンフレーズを入れたテープを二人で聞きながら、えらんだフレーズを1曲の作品に仕上げていくのです。そうやって出来たのが『THE COOL』。『BE A GOOD BOY』を進化させた、よりクールス色が確立されたアルバムだと思います。当時クールスには事務所がなく、私がマネージャーからファンクラブの運営まですべてやっていました。クールスのキャラクターグッズを企画したり、ファンクラブの会報(すべて手書きの会報でした)を書いたり、大変だったけど楽しかった。いろんなことがありました。ジミーとスタジオで殴り合いもしました。良い思い出です。この2枚のアルバムをもとにライブアルバムをレコーディングしたんだけど、それが『デッドヒート日比谷』。いろいろな意味で苦労させられたアルバムです。信じられない事をやっていますがナイショです。クールスも35周年。あの思い出イッパイの日比谷で9月にライブをやります。死ぬまでR&Rやってくれると思います。これからも応援してやって下さい。もちろんアメフェスも。
スーパーアメリカンフェスティバル事務局代表 増井淑博
(2010年のスーパーアメリカンフェスティバルパンフレットより)
http://www.youtube.com/watch?v=lA_jf1DoVx4&feature=share
フランクの弾いてるホワイトファルコンはあるメンバーのおかげで行方不明。モッタイナイ。ケンがワカイ!!!このファラオ持ってたけど、猫にオシッコやられて人にあげちゃった。持っとけばよかった。皮のやつは持ってるけど、COOLSじゃないんだな。
http://www.youtube.com/watch?v=0vkrsfCZRQA&feature=share
ジミーをスターに出来なかった自分が悲しい。
こんな事があっていいのだろうか
日曜日にお約束していた方の会社を訪問(就職活動ではない!)しました。以前日本平ホテルのイベントでお会いしたデッドストックのコルベットのボートテイルのオーナーの方がおやりになっている会社です。それは信じられないコレクションでした。2000GTやフェラーリが何台も。フェラーリやベントレーやポルシェやトヨタ2000GTのありがたみが感じられない空間でした。そこはその会社の3階にある倉庫で、湿気のない広大なスペースでした。カーマニアだったらヨダレたらたらの車がズラ~~~~~~~~っと無造作に並んでいるのです。全部で100台はあったでしょうか。世界で2台ずつしか製造されなかった3種類のFIATが1台ずつあったりするのです。そのうちの一台はイタリアのミッレミリアに9年連続で参加しているそうです。おまけに現地では60年くらい前にその車を造った方がメカでついてくれてるそうです。後もう一台はメーカーが5000万で買い戻したいと言ってきてるそうですが、断ってるそうです。この日はボートテイルとGT40が目当てでしたが、GT40は11月のFISCOのイベントで故障した為工場入で残念でしたが、もうそれはそれは『羨望と嫉妬』で頭の中がパンクしそうな一日でした。
追伸 フェンダーミラー(純正)のアストンマーチンや見た事もないジェンセン等、目の保養になりました。







追伸 フェンダーミラー(純正)のアストンマーチンや見た事もないジェンセン等、目の保養になりました。







AMAZING!!! Hot Rod Custom Show
今年の総集編カーショー。パシフィコが素晴らしいカスタムカーでイッパイ。人間がここまで磨けるもんだろうかというくらいピカピカにしあがってる車ばかり(こんなに磨いた事がないので反省)。ディスプレイもエントラントの工夫が凝らされててワクワクしてしまう。この日は館山から2時間かけて行ったのだが、インターコンチネンタルホテル側の駐車場入口はホテルの御客様の駐車場確保のため,相変わらず満車プレート。パイフィックホテル側からすんなりと駐車出来た。そのままパシフィコへ。アメ車ハーレーファン(だけじゃなくカスタムファン)でごったがえしてて、その盛り上がりでニヤニヤしてしまう。12時にマイミクの方と待ち合わせしているので『&・SPICE』さんのブースへ。ヤヴァイ!分からない。会場の入口とか分かりやすい場所にすれば良かったかも。なんとか到着したが、やっぱりお会いした事がない方との待ち合わせなので、目印とか書いておけば良かった。スケジュールの関係で30分しかそこにいる事が出来なくて、何人かのマイミクさんと挨拶出来ましたが、出来なかった方ごめんなさい。悪い事に携帯が使えなかったので、知っている方とも連絡出来ず、帰って使用出来るようになった携帯を見たら、留守電と着信履歴のヤマ。失礼致しました。
なにはともあれ満足満足!ムーンアイズさんカッコイイ!!!!!の一日でした。









なにはともあれ満足満足!ムーンアイズさんカッコイイ!!!!!の一日でした。









スーパーアメリカンフェスティバル2011 Vol.19
アメ車が大好きな皆さんに是非遊びにいらしていただきたい、
そして参加していただきたいイベントがあります!!
その名も“Super American Festival 2011 Vol.19” 通称『アメフェス 』
今年で19回目を迎えるこのイベントは 富士スピードウェイ夏の恒例イベントです。
カスタムカー&バイクのSHOWやドラッグレース、ハーレーのパレード、
ライブやスワップミートなど内容もたっぷり。
この日は富士スピードウェイが、1日陽気で明るいアメリカ一色に染まります。
おもちゃ箱をひっくり返したようなグッズが並ぶスワップミートや
ポップにカスタムされたアメ車ハーレーなど楽しい時間を過ごせること間違いなし!!
ライブは、『クレイジーケンバンド』、そして岩城滉一、舘ひろし、横山剣もメンバーだったスーパーR&Rグループ『クールス』、『ワンダラーズ』等が出演!!
カスタムカー&バイクのコンテストのテーマは“アメリカン” 。アメリカンなポイントがあればどなたでもエントリーOK!! お友達やご家族で一緒に参加しませんか?
また皆で自慢の車で来場して、会場のたくさんの車やバイクを1日ゆっくり楽しむのもおすすめです。
ハーレーパレードは、ハーレー限定ではありますが
富士スピードウェイのコースを走ることができますよ!!!
カスタムカー&バイクコンテストの受付は5/1から!!
詳細やエントリー方法は 4月20日以降
アメフェスオフィシャルサイト アメフェスブログ
のENTRYのページでご確認ください。
皆さんのご参加、お待ちしております。
mixi
Super American Festival 2011 Vol.19
日時:2011年7月31日(日)7:00-17:00
場所:富士スピードウェイ
主催:スーパーアメリカンフェスティバル事務局
※チケットは5/1より、チケットぴあ・ローソン・CNプレイガイド・イープラスにて発売開始。
カスタムカー&バイクコンテストエントリー:8,000円(入場券1枚・記念品含む
そして参加していただきたいイベントがあります!!
その名も“Super American Festival 2011 Vol.19” 通称『アメフェス 』
今年で19回目を迎えるこのイベントは 富士スピードウェイ夏の恒例イベントです。
カスタムカー&バイクのSHOWやドラッグレース、ハーレーのパレード、
ライブやスワップミートなど内容もたっぷり。
この日は富士スピードウェイが、1日陽気で明るいアメリカ一色に染まります。
おもちゃ箱をひっくり返したようなグッズが並ぶスワップミートや
ポップにカスタムされたアメ車ハーレーなど楽しい時間を過ごせること間違いなし!!
ライブは、『クレイジーケンバンド』、そして岩城滉一、舘ひろし、横山剣もメンバーだったスーパーR&Rグループ『クールス』、『ワンダラーズ』等が出演!!
カスタムカー&バイクのコンテストのテーマは“アメリカン” 。アメリカンなポイントがあればどなたでもエントリーOK!! お友達やご家族で一緒に参加しませんか?
また皆で自慢の車で来場して、会場のたくさんの車やバイクを1日ゆっくり楽しむのもおすすめです。
ハーレーパレードは、ハーレー限定ではありますが
富士スピードウェイのコースを走ることができますよ!!!
カスタムカー&バイクコンテストの受付は5/1から!!
詳細やエントリー方法は 4月20日以降
アメフェスオフィシャルサイト アメフェスブログ
のENTRYのページでご確認ください。
皆さんのご参加、お待ちしております。
mixi
Super American Festival 2011 Vol.19
日時:2011年7月31日(日)7:00-17:00
場所:富士スピードウェイ
主催:スーパーアメリカンフェスティバル事務局
※チケットは5/1より、チケットぴあ・ローソン・CNプレイガイド・イープラスにて発売開始。
カスタムカー&バイクコンテストエントリー:8,000円(入場券1枚・記念品含む










