演出家 小澤可乃のポジティブブログ

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イタリアに在住して早10数年。イタリアの素敵な文化を伝えていきます☆

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ご無沙汰しております!ニヤニヤ

フランスでの公演の後、色々バタバタしてたのにもかかわらず、全く更新しないこと早数ヶ月真顔

 

本日で2018年最後の日。滑り込みで年内最後の投稿です爆  笑

 

さて、「テンダのベアトリーチェ」フランス公演の後、私は中国に旅立ちました。

 

中国はトランジットで降りたことがありますが、空港以外から外に出たことがありませんでした。

 

今回訪れた場所は、長沙という街です。

 

人口も多ければ、面積も広い中国。北京、上海など大観光地以外の名前を聞くことは中々ありませんよね!?

 

いざ、長沙に降り立ってみると、高層ビルが並ぶ大都会!

到着した時にはすでに夜。長いフライトで疲れきっていたにも関わらず、空港からホテルに向かう間は、あまりの都会に目が鱗。

知人達が教えてくれて、私が想像していた中国とは、ど田舎だったのですゲラゲラ

 

一緒に旅をしていたイタリア人オペラ歌手たちはハイテンションになり、お迎えに来ていただいた車の中でナポリ民謡を歌い始めました笑

さすが、疲れていても陽気なイタリア人です(間違えてビデオを消去してしまって残念〜えーん)。

 

23時過ぎに到着したホテルがこちら、ジャスミンインターナショナルホテル。

 

インターナショナルホテルなのに、英語が中々通じないジャスミン酒店。

酒店なんて、居酒屋かと思ったらなんとホテルという意味らしく驚き!

 

チェックインして荷物を置き、夕飯を食べていなかった私たちが連れてこられたのは、近所で唯一開いていたケンタッキーフライドチキン笑い泣き

 

中国に着いて初めての食事がケンタッキーって、中々レアでしたゲラゲラ

 

翌日からは早速記者会見、打ち合わせ等、過密スケジュールで動き回らなければならなかったので、そそくさ食べて就寝。

 

旅を共にしたイタリア人歌手に紛れて、私は唯一の日本人、いえ、彼らにとっては唯一の外国人でした。

 

イタリア人+アジア人1人が中国にたどり着く=中国人アテンダント通訳にしか見えないチーン

ということで、中国国内でトランジットもあった長いフライトでは私は通訳に間違われて、何かある度に中国人に中国語で責められまくり、何十回「I'm not chinese」と言ったことか…その一日言い続けた「I'm not chinese」は、その後ご挨拶程度にしかすぎないほど言い続けなければならなくなるとは、まだこの時は知らないのでした…笑い泣き

 

さて、本年最後のブログはここまで!! 

 

!?ポーン

 

新年を迎えてから公演のことを書かせていただきたいと思います!

 

乞うご期待ちゅー

 

少ない投稿でしたが、1年間読んで下さりありがとうございました!

 

来年はもう少しマメに更新したいですデレデレ

 

みなさん、良いお年を!

 

 

皆さん、お久しぶりです。

完全放置しておりましたこのブログ、決して忘れていたわけではありません💦😅

放置していたこの数ヶ月も、いつもの如くバタバタしていた私です。

まずは、7月と8月にはニース近くのテンダというフランスの街でオペラの演出をしましたニコニコ

作品はベッリーニ作曲の「テンダのベアトリーチェ」です。

「テンダのベアトリーチェ」をテンダで初演とは、なんとも嬉しい事でした。

ニースのアジア美術館とテンダのメラビーユ美術館の主催、協賛で実現したこの舞台は、入場券なんと無料でした!

フランスでは、文化事業の一部を国や街が負担するシステムがあり、今回二日間、計4回公演が実現したのでした。

文化芸能を大事にするフランス、素晴らしいですグッド!

今回の演出はとても苦労しました。

なんと言ってもスペースがなく、美しい旋律でもモノトーンになりがちなベッリーニのオペラを限られた条件で演出するというのは、演出を考えた者にしかわからないかもしれないというほど😅

今回私は、「愛」、「嫉妬」、「野望」、「裏切り」をテーマとし、人間には誰でもありえるこの感情とこのオペラの題材を、4つの額を通して表現する事を行いました。




プロジェクターで映像を写すこともできなかったので、限られた照明と額、そして優秀なバレリーニ達をふんだんに取り入れることで、小さなスペースを最大限に使いました。



著名で大きな劇場ですら経営難、国からの予算削減などで、「お金がない」のが当たり前になってしまったヨーロッパのオペラ(特にイタリア)。

困難で、限られた条件で演出をするのは、なんともやりがいがあります。

全公演とも、座席は全て予約キャンセル待ちの、満員御礼👏

このような条件で演出をできたことは、私の糧となりました。

演出、演出助手、照明、舞台監督、衣装、わがままな歌手一部(笑)、全て一人で戦い、まかないましたが、それもまた、影でささえてくれるスタッフがいての結果。


照明のお手伝いをしてくれたメラビーユ美術館の素晴らしいスタッフさん達。


彼らの人の良さと、向上心には本当に助けられました。


指揮をしたマルコ(右)、オーガナイズ+フィリッポを演じたガブリエレ(右から二番目)、
ガブリエレの奥様件、コレペティとして稽古で伴奏してくれたゆかさん(左から二番目)、二公演合間に乾杯(え?真顔)、いやいや、公演合間に軽いお酒で一杯なんてイタリアではよくありますニヤニヤ

7、8月のオペラ演出は大変さをいかに楽しむか、また素晴らしい経験をさせていただけたことに感謝しております!



先日、とても不思議な体験をしました。

 
ひょっとしたら最初で最後の体験になるかもしれないと思ったほど。
 
それは、一昨日のギリシャ劇場での稽古の際です。
 
通し稽古を終えて21:30から22時くらいに、演出家からダメだし、音楽面で大幅変更が出て、みんなでミーティング中のこと。
 
そこで突然ギリシャ劇場に響きわたる、聞いたこともないような奇妙な鳴き声。
 
ギリシャ劇場は野外劇場ですので、自然界の音は当たり前のように耳に入ってきますが、稽古中ですとさほどきになることはありません。
 
奇妙な鳴き声が聞こえた時も、ミーティング中だったので、みんな聞き流して演出家の声に耳を傾けていました。すると突然奇妙な鳴き声が更に大きく聞こえました。
 
みんな一斉「なに!?」えっ
 
と空を見上げると、見たこともないような神秘的なピンクの鳥の群れが私たちの頭上を通りすぎていったのです‼️
 
その正体は、なんと…
 
フラミンゴ!!!
 
皆さん、フラミンゴが空高く鳴きながら飛んでいる姿なんて見たことありますか⁉️
 
現地の人まで驚いていたので、シラクーザでもこんなことが起こるのは稀なようです。
 
そもそも、シラクーザにフラミンゴがいたなんて知りませんでした!
 
「飛ぶフラミンゴ」とググッてみるとこの写真が出てきました↓

見たこともないその姿。
 
皆さま、想像してください。
フラミンゴが紀元前5世紀からある5000人以上収容する大きな野外劇場の夜空を羽ばたいている姿!
 

 
そしてこの日はなんと満月。
月は携帯で綺麗に撮れることはまずないですが、それでもなんとか撮った一枚↓

ただでさえ神秘的な場所に、満月に写った美しいピンクのフラミンゴが飛ぶ姿をみれた事は、人生でも最初で最後の体験になるかもしれないと思いました。
 
先日、劇場の神様の話をブログに書きましたが、まさに普段体験できないことが次々と起こる場所と思いました。
 
貴重な体験、いい思い出の一つとなりました。
 
おまけ
 
「フラミンゴ」とググッた際に出てきた写真↓
 

真顔
 
以上、またねウインク
 
皆さま、ご無沙汰しております!

今月初めにカリアリ劇場の初演を終えた直後、トリノに1日半戻りました。

旅行鞄の中身を入れ替えて、再度出発。

行き先は、シチリア島のシラクーザです。

現在こちらでは、ギリシャ劇場で行われるギリシャ悲劇「ヘラクレス」の稽古中です。

ギリシャ劇場は、紀元前5世紀からあると言われている劇場。


石造りの野外劇場はとてつもなく偉大です。

今回の演出は、超有名イタリア人女性演出家エンマ・ダンテ。

そのアシスタントをしております。

エンマは、噂でもとにかく強烈なキャラクターだと聞いておりましたが、実際には噂以上笑い泣き

役者やスタッフを怒鳴りちらす姿はまるでエンマ、いや閻魔大王そのものなんですムキーッ

怒鳴り散らして稽古の雰囲気が悪くなるのが当たり前というくらい。

ただ、演出家としてはもう尊敬しかないほどとんでもない才能があり、毎日側で勉強させてもらっています。

彼女が何気なく言った名言は、これからの私の演出にも大きく変化するだろうと思います。

オペラとはまるで別の世界。

私にとっては彼女のアイディアや発言が財産となっていくのを肌で感じています。

シチリアに入ってから、すでに2週間が過ぎましたが、また皆さん色々お伝えしたいと思います!

乞うご期待😊(本当か!?)

みなさん、ご無沙汰しています。

 

あまりにバタバタしており、久々の更新となってしまいました。

 

この4週間、イタリアサルデーニャ島のカリアリに滞在しています。

 

滞在も明日まで。そう、いよいよ本日バタフライの初演を迎えるのです。

 

イタリア語ですが、劇場が公開したビデオに私もうつっています!

 

https://youtu.be/kA0VCPLmjfU

 

この公演で日本人として色々重宝していただけて、とても嬉しかったです。

 

すでにチケットは全日完売という嘘みたいな話です。

 

イタリアでは不況のせいでいつもチケットを捌ききれないのが現状で、どこの劇場もとても苦労していますが、私たちのバタフライはほぼ売り切れと嬉しい限りです。

 

今夜の公演の最後の拍手の際は私も舞台でご挨拶させていただきます!

 

それではまた!

 

先日、バタフライの打ち合わせでルッカという街に行きました。

ルッカは実は三回目の滞在。

うちの二回は打ち合わせでしたが、初めて訪れたのはなんと10年前。

イタリアに来て初めての秋でした。
語学学校で仲良くなったブラジル人のジュリアーナに誘われて、彼女の友人のブラジル人達と車で小旅行をしたのです!

その頃はまだほとんどイタリア語が話せなかった私。

ポルトガル語で楽しそうにお喋りする彼らの横で、私は常に助席で爆睡していた記憶真顔

初めて外国人との旅行、言葉の壁を感じた旅でした笑

さてルッカには、プッチーニ大先生の劇場と、生家があります。

当然、美術館として残っている生家。

打ち合わせは泊まり込みでしたので、合間に大先生の生家にお邪魔してきました。

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生家といっても、かなり手が加わっているのか、主に初演で使用した衣装(レプリカもあり)などがメイン。

こちらはトスカの衣装。
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レプリカでも、美しいライン。

こちらはボエームの屋根裏部屋をイメージしたもの。

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最後に圧巻だったのは、トゥーランドット姫の衣装!
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そして、実際にトゥーランドット作曲の際に使用したピアノがこちら↓

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偉大なマエストロが傑作を創り出したピアノはとても殺雑と置かれていましたニヤニヤ

生家の目の前の広場には、でーん。

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大先生が優雅に座っておられましたデレデレ


拝んでくればいい事あったかな?真顔

とても小さな街ですが、とても美しかったです!

いつもふざけた事を書いている私ですが、今日は真面目な話をしたいと思います。

 

現在、マダムバタフライの準備に追われています。

 

というのは、イタリアのサルデーニャ島にある劇場で上演されるオペラ「マダムバタフライ」の演助をするからです。

 

このテアトロ↓は、イタリアでも重要なテアトロの一つ。

 

今まで、「ジャパンタイムズ」やイタリア新聞「ラ・レップブリカ」、「ぶらぁぼ」などでインタビューを受けた際にも答えさせていただいたのですが、イタリアの劇場にアジア人が足を踏み入れることはとても難しいことです。

 

今回、このような機会を得られたことは本当に嬉しく思っています。

 

オペラの稽古が約一ヶ月、そして4月6日に初日を迎えます。

 

この一ヶ月に演出家、演助、衣装、舞台装置を担当している者それぞれが、最終的な案を決定し、舞台を創り上げていきます。

 

私は日本人としてイタリアでこのオペラに関われたことはとても誇りに思っていますので、演出家の求める情報などを集めたり、現地についてすぐバレリーナのオーディション、歌手の稽古、エキストラの演技指導等、様々な事をやってオペラを仕上げていきます。

 

今回のキャストは、ヨーロッパに限らず、ニューヨークのメトロポリタンやアジアでも歌っている大物歌手ばかり。そして指揮者はレンゼッティ氏。

 

こんな一流のアーティストのアシストをさせていただけるありがたい機会です。

 

実は演助という仕事は、誰よりも最初に劇場に入って、誰よりも最後に劇場を去るという常に動き回る役所。

 

全てを把握していなければいけません。

 

稽古が始まってからも忙しいですが、稽古が始まる前の今もとても忙しいのです笑

 

稽古が始まるまであと僅かですが、毎日衣装さんや演出家などから電話をもらい、資料などを調べたり送ったり、頼まれているシーンを考えたり、とバタバタしています。

 

こちら↓はかなり前に劇場がアップした資料なのでまだ私の名前はありませんが、本番用のチラシには私の名前も載せていただける予定です!

 

 

お時間ある方は、ぜひサルデーニャまでお待ちしています♪

数日前からイタリアは大寒波「ブーラン」に見舞われており、その影響は普段雪が降らないローマやナポリまでに。

 
当然、北イタリアに位置するトリノもこの状況↓
 
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なによりも、大混乱となったのは交通機関でした。
 
ジャジャーン!↓
 
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見えづらいですが、全て遅れています。最大540分、つまりは9時間の遅れだとかガーン
ニュースでは24時間遅れたと、訳のわからないことを耳にもしました笑
 
イタリアの高速電車は(鈍行は例外)ある一定の時間を超えて遅れると払い戻しができるのですが、この日の移動は全額戻ってきたに違いありませんグラサン
 
でも、みんなお金が戻って来なくてもいいから、定刻で移動したいと思っていた事でしょうニヤニヤ
 
そんな私もその被害に遭いました。
その日は二回乗り換えての移動日。
 
まず、最初に乗った鈍行列車が1時間以上の遅れ。
次に乗るはずだった別の電車(鈍行)に乗れない=終電を逃す。
 
駅員に事情を説明すると、「乗り換えのための途中下車をせず、終点のフィレンツェに行き先を変え、そこで高速電車に乗って、最後に終電の鈍行に乗るしかない」とびっくり
 
しかしフィレンツェに着いた途端、行き先をフィレンツェに変えた+高速電車料金の切符に変えなければならないとのこと。どんなけややこしいんや!
 
遅れてダッシュで切符売り場に向かうも、特殊な例なので自動切符売り場では対応不可。
 
慌てて係員のいる切符売り場に行くも、大行列。おまけに「21時で受付閉めたから!」と目の前で閉められたポーン
 
いやいや、道産子小澤、そんなことでおじけてられません!
 
ふざけんなー!こっちは終電逃す勢いなんだよ!通せ通せ〜!オラオラ〜💢と心の中で喧嘩をうりつつ、必死に状況を説明した結果、特別に列に入れてくれましたおーっ!
おまけに、心配のあまり、私の眉間のシワがしっわしわになっていたのか、前に並んでいた女の子が先に譲ってくれた奇跡!なんて優しさー!

そして異例だったからか、駅員が持っていたチケットに非常に読みづらい字で一筆入れてくれ、追加料金なしで飛び乗ることができたのです笑い泣き 神降りたか?
そんなこんなで、やっとの思いでチケットを変え、高速電車に乗り込むも、高速電車までがま、ま、まさかの30分遅れゲッソリうそーん!
 
このような状況では、次に乗る電車が鈍行でおまけに終電となる場合、10分くらい待ってくれる事がよくあります。東京もありますよね、終電はちょっと遅れて出発、そう空気よんでくれるやつです!
 
なので、早速電車に乗り込むやいなや、バタバタと車掌さんを見つけて相談に。

次の電車とコンタクトをとってくれたりと、しばらく待たされた結果…
 
「あなたの乗りたい鈍行は、あなたを待たない事に決めたわ。あとは窓口で相談して。」
 
チーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーン へ?
 
待たない=今夜帰れない。
 
しかし、なんでも起こすいや、降りかかる?小澤。奇跡的に電車がついたのは次の電車の出発2分前!
 
重い楽譜やパソコン、衣類を持っていた私の手荷物は10kg以上滝汗
 
もう、ボルト並に走りましたよねニヒヒ
 
大きすぎる駅の乗り換えの結果…
 
ホームに着いた途端、乗りたかった電車に出発されました笑い泣き笑い泣き笑い泣き
 
がっくり肩を落とした私…チーン。
 
寒波で氷点下に冷え込んでいたイタリアで、ありえないダッシュをした結果、喉の激痛。
 
わかりますか?この激痛。
 
急な温度差、寒さの中でダッシュすると、息も出来なくなるくらい喉が痛くなるやつです。(道産子あるある)
 
こんなの、久々でした。
 
肩を落として窓口に行くも、とにかく息がきれていて喋れない…チーン
 
駅員のおじちゃん「何があった!?とりあえず深呼吸や!」
 
と、こう言う時は無駄に優しいイタリア笑
 
息を落ちつかせて事情を説明…
 
次から次へと散々な電車の遅れによって終電を逃したみなしごのような小澤っちを、窓口だけでは対応出来ないと、特別な部署へ電話され、待たされること30分真顔(イタリアは忍耐力が勝負です)
 
すると突然・・・

「君の為のタクシー呼んだから」
 
へ…!?!?!?
 
なんと、高速に乗って約50分の距離をタクシー送迎して下さる事に!なんじゃそりゃー!笑い泣き
 
おまけに家までですよ!
 
イタリアに思います、10分、いや5分待ってくれれば、このお金節約出来たんですよ?
 
終電なので、路線が渋滞している訳でもないのですよ?
 
イタリアってなんかあり得ないところで親切で、変な所で本当に悪循環ニヤニヤ
 
ありがたく、タクシー送迎して頂きました!
 
ありがとう、トレーニイタリア!
 
そしてまた昨日、移動しなければなりませんでした。
 
駅に着く前からまた電車が遅れているんじゃないかとドキドキしていました。
 
案の定、電車は遅れていましたが、私の電車は約30分の遅れ。
 
一本前の電車が70分遅れていたのを考えると、ラッキーだったのかもしれません。
 
そこで目にした奇妙な光景…
 
それは、いつもはミラノに働きに行く人、旅行客などで賑やかなミラノ中央駅がガラガラポーン
みんな電車移動を避けたか!?
 
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こんな光景、なかなか見ることがないです!
 
トリノに一瞬戻った私ですが、またバタバタと移動があります。
 
今回のようなことがあると、本当にイタリア語を話せる事で自分を守れるんだな思います。
 
ダッシュで移動し、チケットを大至急変更してもらい、終電の説明ができなかったら、絶対にホテルで一泊確定だったと思うのです。
 
それに、観光客や移民でイタリア語が話せない人は適当に言いくるめられておしまいになってしまうという光景はよくあるからです。イタリア人が英語堪能ではないので、逃げ腰になるのも原因の一つです。
 
イタリアに住むならイタリア語、必須です!
 
まさに悪夢を見るところだったあの日は、イタリア語を話せて本当に良かったと思う一日でした笑い泣き
 
さて、ずーっとお鍋が食べたいですが、白菜など売っている市場まで買いにいく時間がないよーえーん
 
寒い日はやはりお鍋が恋しくなりますが、行けないのでミネストローネで我慢です💦
 
あー、遊びたいなー!
 
やる事が多くて遊べない日々。
 
頑張ろうっ!笑い泣き
この記事、目に留まりました。

私も浜ちゃんの黒塗りには、笑ってしまった一人です。

それは黒人をバカにしてるとか、そう言う意味ではなくて、浜ちゃんがエディーマフィーに変装させられたという単純な理由で笑った事を覚えています。

多分、それがTV局の意図だったと思いますが、そうすることで世界的に日本がモラルが欠けていると言われるのであれば、やはりやってはいけなかったのかとも思いました。

私も、最近良かれと思った事が逆手に出た事があったり、悪気のない発言が人に嫌な思いをさせてしまうのだと気がつかされたことがあり、このエリカさんの記事は考えさせられました。

日本の社会において凄く厳しいところと、この記事のように、ありえないところで緩々なんだなと、、

自分、自国の中の常識が、他人、他国にはそうでない事。

これも改めて考えてみたいと思います。


先日、友人が企画した「日本作家の本を通して日本を紹介する」と言うイベントに顔を出して来ました。

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ゲストに呼ばれたのは、様々な著名な日本人作家の本を多く翻訳してきた有名なイタリア人翻訳家2名。

彼らのおかげで日本の多くの貴重な本も、何世紀もかかってイタリア語に翻訳されたのこと。

たとえば、万葉集は英語、フランス語にはもう何十年も前に翻訳されていたそうですが、イタリアではやっとこの数年、翻訳され始めたそう。

と言っても、まだ翻訳されていない本は山ほど。

彼ら自身も、長〜い列となって翻訳を待っている日本の作品が、いち早くイタリアの書店に並ぶことを祈っていると言っていました。

イタリア語を学んで、私も翻訳に携わった事があり、本当に実感するのは、日本語とイタリア語の表現の違い。

こんな言葉の使い方、絶対日本語にない、もしくはイタリア語にないとなる時、やはりその言語特有の表現で訳さなければならない事が本当に多くあり、そうなると本来のそのニュアンスを失ってしまうなと言う事も。

それをいかに、工夫できるかが、翻訳家の才能の見せ所ですから、彼らもまた、翻訳を通して重要なメッセンジャーだなぁと考えていました。

2時間にも及ぶイベントの最後は、参加者からの質問を、翻訳家達の経験から答えていくと言うもの。

一度日本人男性と結婚して日本に住んでいたと言う翻訳家、パストーリさんは、日本社会で経験した様々なことを話して下さいましたが、そこで突然、お客さんの一人の男性が、

「日本人は人種差別する人種だ!」と大きな声で言いました。

その会に来ていた日本人は、私ともう一人。

でも、その場にいたイタリア人ですら、顔をゆがめたほど、強い意志ではっきりと言われた言葉。

確かに、日本での外国人の立場は、外国人にしかわかりません。

日本は長い間鎖国していたし、外国人を受け入れない体制は残っているかもしれません。

ただ、外国の発達した文化や技術を受け入れようと、あらゆる世界へ飛び出し、学び、日本がここまで経済大国となったのは事実。

イタリアに長く住んでいる身としては、よっぽどイタリア人の方が人種差別するのにな、と思うほどです。

そう、私もこれまでイタリアで人種差別で嫌な思いをした事が多々ありましたが、果たしてこの10年、イタリアで人種差別がなくなったかと聞かれると、決して「はい」とは言えません。

日本に旅行に行ったイタリア人はみんなこう言います。

「日本は素晴らしかった」、「みんな嘘みたいに親切だった」、「綺麗な国だった」など。

ただ、日本社会に携わったイタリア人は決してポジティブな発言だけをするわけではありません。

私も、イタリアの音楽の世界において人種差別や、男女の差別など、感じたり、目にすることがあります。

それはもう、世界において一生の課題なのかもしれないと考えさせられた一夜でした。

オリンピックが閉幕して僅かですが、これからも人間が生きていく上での、人間としての課題はまだまだ山積みなのかもしれないと思うのでした。

最後に、友人とその娘さん。
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娘さん、写真も可愛いですが、生で見ると本当にお人形みたいな美しさだったのです!!

本当に口をぽかぁと開けて見つめてしまうほどでした!

イタリア人は綺麗な人が多いですが、久々にこんなに透き通った若い女子を見て、同じ人間とは思えなかったです滝汗ニヤニヤ