「富山ってどこ?」とは言わせない!

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆


              
               $「富山ってどこ?」とは言わせない!


祝日この度、私のブログが

富山「食情報」の発信源・ウィッキィとやまさんから

「とやま食ブログ」として公式に認定されました!!

これからも富山の情報発信源として、

読んで下さっている皆様、

記事で紹介させて頂いた方々、

全ての方に幸せな気持ちになって頂けるように

努力してまいりますので

今後ともどうぞ宜しくお願いします!!



「富山ってどこ?」とは言わせない!

公式ガイドブックはコチラ

Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

テスト5

テスト4

復活します!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!


更新が滞って一年。
大変、大変長らくお待たせ致しましたビックリマーク


Facebookに主軸を移していた私ですが、
「ブログ再開しないんですか?」
との声を数多く頂戴しておりました。
本当にありがとうございます!

より多くの方々に
富山のことをお伝えしていくため、
原点に立ち返り、そしてさらにパワーアップ(?)して
アメブロ、復活させて頂きたいと思います!

復活第一弾は、
春先にこのアメブロでとある方から
「田保さんのことを知りたい」と
メッセージを頂いてから
再度取材に伺ってきました
富山市八尾町中山間地食料品の移動販売を営む
田保肇一さんの記事をUPしたいと思います。

以前取材させて頂いてから1年半が経過し、
山間部の暮らしの現状、
そして田保さん自身の大きな決断、
新たに見えてきたものが数多くありました。

今の日本が忘れかけているもの。
今の日本だからこそ必要とされているもの。
私自身も、自分の人生、生き方を見つめ直すきっかけとなった
今回の取材レポート、現在作成中です。

近日中にUPさせて頂きますので、
よろしければ是非ご覧下さいm(_ _ )m

6/23沖縄・慰霊の日~ニイナとオジィの戦世~

「富山ってどこ?」とは言わせない!

6/23(土)
今年もやって来た慰霊の日。
私は昨年同様、
「ニイナとオジィの戦世」
の舞台を観に
沖縄へと足を運んだ。

現代で生きる意味を失い、自殺を図った
主人公のニイナと、
太平洋戦争末期の1945年3月、
米軍の沖縄上陸に備え、
まだ学生ながら鉄血勤皇隊として召集された
16歳の玉那覇亀吉との
日本唯一の地上戦・沖縄戦を舞台にした物語。

ヒップホップ、琉球舞踊、
バレエアーティスト・緑間玲貴さんの

華麗且つ鬼気迫る迫真の舞、

池田卓さんと下地勇さんの
哀愁漂う平和への想いが篭った歌、
Niinaさんの祈りのメッセージが込められた力強い歌声、
そしてあのUAさんの優しい唄と存在感、
その全てがジャンルを超えて融合されて渦となり、
会場全体を悲しみと感動で包み込んだ。


(話の内容に関しては
2年前に書いた私の記事で、
この舞台の脚本家・鍵山直子さんと
お会いするきっかけとなった

アメーバこちらhttp://ameblo.jp/lm073451/entry-10621717907.html
をご覧下さい。)


「富山ってどこ?」とは言わせない!

(上写真は、
糸満市の沖縄県平和祈念資料館近くにある
崖を真っ二つに割る砲弾の痕)

戦火、爆撃、流血、死体、集団自決、悲しみ、怒り…
15万人以上もの尊い命が犠牲となった
あの地獄の惨劇から
今年で67年。


本土に返還されてから40周年を迎えた今も
戦争の深い傷跡が
目に見える所、目には見えないところに
はっきりと残り、決して癒えてはいない。

「富山ってどこ?」とは言わせない!

何の問題も解決しないまま、
時は経ち、戦争自体が風化している現実。
特に沖縄以外の人にとっては、
基地問題も何もかも
他人事になってしまっているのではないか。

「富山ってどこ?」とは言わせない!


「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

「富山ってどこ?」とは言わせない!

宝石のようなターコイズブルーの海、

色鮮やかな魚たちが華麗に踊り、
どこまでも続く青い空に、

真っ赤な太陽(てぃだ)が燦々と燃え上がる。

リゾート地となった南の島には、
今日も平和の南風(ばいかじ)が吹く。

その平和は、本物か虚構か。
決してこれは沖縄だけの問題ではない。
今を生きる私たちが、
過去を知り、
未来(あす)の平和のために、
現在(いま)動かねばならない。

「健康第一と言うけど、平和が一番大事」

(池田卓さんのピース・メッセージより)


利賀の松岡さん

先日の北日本新聞の朝刊記事で
南砺市商工会議所利賀事務所の
松岡幸治さんが
お亡くなりになられたことを知りました。

まだ44歳、未だに信じられないのが
正直な思いです。


「富山ってどこ?」とは言わせない!

私自身利賀が大好きで、
そば祭り、上畠アートなどのイベント、
瞑想の郷やお蕎麦屋さんにも
お伺いしてきました。

そんな利賀の色々な面を知ることが出来たのは、
新聞の朝刊記事とともに
必ず写真に写っていた松岡さんの姿と、
その熱い想いからだと言っても過言ではありません。

上の写真は、
私が撮った写真の中から何とか探し出した一枚。
一昨年夏の「利賀とがめん麺祭り」での光景です。


残念ながら顔写真はありませんでしたが、
ギョウジャニンニクギョーザを丁寧に焼いて下さっている
松岡さんの大きな温かな手が
しっかりと写っています。

「ギョウジャニンニクとギョーザを
シャレでひっかけて作ってみたんだよ!
面白いでしょ~(^^)」

松岡さんが大きな体を上下させながら
温かな笑顔で語ってくれたことが
とても印象的でした。

翌年のそば祭りと、2回しか
直接お会いすることは出来ませんでしたが
正直、もっとお会いして利賀に対する想いや夢を
たくさんお伺いしたかった…。

松岡さんは岐阜から6年前に
利賀に移り住まれて、
誰にも負けない利賀に対して強い愛情を
たくさん注いでこられました。

松岡さんがもういないというこの現実。
今度は、私たち地元富山に住む者こそが、
強い情熱と愛を注ぐ番ではないか。
未だ信じられない気持ちとともに、
地元に対する想いを形にしていかなければと
想いを新たにしているところです。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>