イケメン戦国にログインしようとすると、無限にリロードを繰り返しいっこうに終わる気配なし。何とかならないか色々試してみたけど全然ダメ。もう何日もログイン出来ませんが、こんな不具合は私だけなのでしょうか?
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これは現在進行形の父と母、そしてそれを取り巻く家族の話。
昨年11月初旬の夜に弟から突然かかってきた電話。
「親父が脳梗塞で倒れた。でもすぐに病院に搬送されて血栓を溶かす薬を投与したから・・・」
数年前にやはり母が脳梗塞で倒れた。
しかしその時は父がすぐ救急車を呼んで対処し、今は後遺症もなく元気で生活していたので父も大丈夫と思った。
医師からも多少の後遺症は残るがリハビリをすれば大丈夫だろうという言葉があったとの事ですぐに駆けつけなくてもいいと家族全員誰もが思っていた。
でもそれから数時間後、また弟から電話。
「血栓を溶かす薬で頭の血管が破れて出血が止まらなくなってる。血が止まらないと手術は出来ないのでとりあえず様子を見るしかないが、最悪の場合延命措置をするかしないか決めなくちゃいけない。俺は親父の性格上、延命は望んでいないと思う」
父はみんなに迷惑や負担を掛けることを望まない人だったので、私も「無理に延命して苦しみを長引かせるくらいなら延命措置はしない方がいいのかも…」と弟に答えながら涙が止まらなかった。
本音を言えばどんなことをしても生きていて欲しいと思ったが、それは私の我侭でしかないし介護にかかる費用を出せるほど生活に余裕はなく自分の無力さが悲しかった。
電話を切ってからしばらく泣き続けた。
もし延命しても出血により能の大半がダメージを受けてしまったので意識が戻らないかもしれない。もし戻っても右半身不随、言語障害、誰のことも認識出来ない、ただの植物人間になるだけだということを説明して弟は他の姉妹全員の意志を確認した上で延命措置はしないと医師に伝えた。
この時一番辛かったのは弟だったと思うがそれさえ考える余裕がなかった私がいた。
「ここ2,3日が山だそうだから、生きているうちに会うなら早目に来たほうがいい」との弟の言葉に会社の事は気になったが、身支度を整え近くに住んでいる姉と一緒に翌日の朝、実家に向かった。
考えたくはなかったが、最悪の事態を考え喪服一式を持って行くことも忘れなかった。
午後になり面会時間はとても短かったが、ICUに入っていた父の元へ駆けつけた身内が数人ずつ順番に入った。
私は姉と妹と3人一緒に中へ入った。
手を洗い、消毒した上で案内された先にベッドに横たわる父がいた。
ただ眠っているようにしか見えない。
「じいさん!」
気丈な姉が父に声を掛けた。
「じいちゃん・・・」
妹も泣きながら声を掛けた。
「・・・」
私は声を掛けようとしたが涙が溢れてしばらく声にならなかった。
声を出そうとすると涙が後から後から流れる。
少し落ち着いたところで涙声ながらに声を掛けた。
父が孫の中で一番好きだと豪語した私の娘の話をした。
みんなで頭や体をなでて声を掛け続けた。
父は目を覚まさない。
そして沈黙の時間が続いた。
面会時間はとっくに過ぎていたのだろうが看護師は何も言わなかった。
でも、まだ面会の順番を待っている身内がいるので後ろ髪を引かれる思いでICUを出た。
次に姪が旦那さんとICUに入った。
しばらくして出てきた姪の顔は泣き顔でくしゃくしゃだった。
あまりにショックのせいか廊下に出た途端に過呼吸になってしまった。
しばらくして落ち着いたがしばらく泣きじゃくっていた。
他の身内も次々に面会に入ったものの、みんな神妙な顔で出てきた。
父は後、どれくらい持つのだろう…きっと誰もがそう思っていたに違いない。
昨年11月初旬の夜に弟から突然かかってきた電話。
「親父が脳梗塞で倒れた。でもすぐに病院に搬送されて血栓を溶かす薬を投与したから・・・」
数年前にやはり母が脳梗塞で倒れた。
しかしその時は父がすぐ救急車を呼んで対処し、今は後遺症もなく元気で生活していたので父も大丈夫と思った。
医師からも多少の後遺症は残るがリハビリをすれば大丈夫だろうという言葉があったとの事ですぐに駆けつけなくてもいいと家族全員誰もが思っていた。
でもそれから数時間後、また弟から電話。
「血栓を溶かす薬で頭の血管が破れて出血が止まらなくなってる。血が止まらないと手術は出来ないのでとりあえず様子を見るしかないが、最悪の場合延命措置をするかしないか決めなくちゃいけない。俺は親父の性格上、延命は望んでいないと思う」
父はみんなに迷惑や負担を掛けることを望まない人だったので、私も「無理に延命して苦しみを長引かせるくらいなら延命措置はしない方がいいのかも…」と弟に答えながら涙が止まらなかった。
本音を言えばどんなことをしても生きていて欲しいと思ったが、それは私の我侭でしかないし介護にかかる費用を出せるほど生活に余裕はなく自分の無力さが悲しかった。
電話を切ってからしばらく泣き続けた。
もし延命しても出血により能の大半がダメージを受けてしまったので意識が戻らないかもしれない。もし戻っても右半身不随、言語障害、誰のことも認識出来ない、ただの植物人間になるだけだということを説明して弟は他の姉妹全員の意志を確認した上で延命措置はしないと医師に伝えた。
この時一番辛かったのは弟だったと思うがそれさえ考える余裕がなかった私がいた。
「ここ2,3日が山だそうだから、生きているうちに会うなら早目に来たほうがいい」との弟の言葉に会社の事は気になったが、身支度を整え近くに住んでいる姉と一緒に翌日の朝、実家に向かった。
考えたくはなかったが、最悪の事態を考え喪服一式を持って行くことも忘れなかった。
午後になり面会時間はとても短かったが、ICUに入っていた父の元へ駆けつけた身内が数人ずつ順番に入った。
私は姉と妹と3人一緒に中へ入った。
手を洗い、消毒した上で案内された先にベッドに横たわる父がいた。
ただ眠っているようにしか見えない。
「じいさん!」
気丈な姉が父に声を掛けた。
「じいちゃん・・・」
妹も泣きながら声を掛けた。
「・・・」
私は声を掛けようとしたが涙が溢れてしばらく声にならなかった。
声を出そうとすると涙が後から後から流れる。
少し落ち着いたところで涙声ながらに声を掛けた。
父が孫の中で一番好きだと豪語した私の娘の話をした。
みんなで頭や体をなでて声を掛け続けた。
父は目を覚まさない。
そして沈黙の時間が続いた。
面会時間はとっくに過ぎていたのだろうが看護師は何も言わなかった。
でも、まだ面会の順番を待っている身内がいるので後ろ髪を引かれる思いでICUを出た。
次に姪が旦那さんとICUに入った。
しばらくして出てきた姪の顔は泣き顔でくしゃくしゃだった。
あまりにショックのせいか廊下に出た途端に過呼吸になってしまった。
しばらくして落ち着いたがしばらく泣きじゃくっていた。
他の身内も次々に面会に入ったものの、みんな神妙な顔で出てきた。
父は後、どれくらい持つのだろう…きっと誰もがそう思っていたに違いない。



