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Precious one

今欲しい物は何か。

お金と答える方も多いかもしれないが、

私は時間が欲しい。

有り余る時間があり、その時間は可能性の連続でしかないが、

有り余るせいか、大きな存在のせいか、

かなりの時間を浪費している。


時間が解決してくれる事柄もあるし、

時間が生み出す価値もある。


誰もが感じながら、その流れは時計などによって、

間接的にしか知ることができない。

でも確かに存在する。


どれだけお金を積んでも買えないし、

貯めておくこともできない。

直接は目に見えないし、

利用する人によって働きが違う。


その確かでありながら、

人によって全く違った価値、感覚の時間。

時間は努力する者に有効に働く

というが、その通りだと思う。


その時間の使い方によって、

人生が全く違ってくるのだから・・・







Power of smile

笑顔には力があると思う。


顔施(がんせ)という仏教用語があるように、

笑顔には布施の心が宿る。


作り笑いを笑顔、に分類するかどうかは微妙だが、

心より嬉しい時、感動した時、

他人に感謝した時、なにか自己実現・達成出来た時・・・

その端々で笑顔が現われる。


笑顔は、恐怖心を和らげるカンフル剤だし、

本物の笑顔は、他人を元気づけ、

場合によっては他人を救う力だってある。

人を惹きつける力もある。


苦しい時ほど恐怖心があるものだし、

そんな時こそ、先ずは笑顔を作るところから。

どんな逆境で苦しい時でも、全てを失った時でも、

本当は笑顔くらい作ることができる。

どうせ取り返せない時間なら、

せめてその多くを笑顔で過ごしたい。

笑顔には力がある。

そんな気がする。

その力は自分自身にとっても有効だ。

思いは実現する

思いを持続できること自体才能である。


その通りだと思う。

本来、自分にとって実現不可能なことは最初から思わないし、

仮に思えたとしても持続はできない。


思いは実現する。

学生時代、当言葉を発したナポレオン・ヒル氏の著書を読み、

なるほどな、と納得していたが、

月日が経って、その納得はある種の消極思想だったと気づいた。


鶴の一声、ではないが、

力のある者、専門家の言葉には、

理由も無く納得する感覚に似ている。


現在では、

「思いは実現する。ただし条件付で」

との思想になっている。


その理由は、実現させるには行動が不可欠で、

また、他人の存在も否めない。


自分が起こそうと思っていた内容を実行することにより、

他人を侵害する内容なら、実現は難しいと思う。

銀行強盗、という目的が実現させたい思いで、

仮に実行させたとしても、逮捕される可能性が極めて高い。

銀行強盗を達成させるのが目的で、

その後はどうでもいいなら、可能かもしれないが・・・


思いは実現する・・・

ただし、実現させるには行動が不可欠で、

その具現化させる為の努力を惜しまなければ、

その努力の量に応じて実現する。

近頃はそう実感している。

老いは年に非ず

実行したいことがある。

その数は多数だが、出来ることには限界がある。

通常言う限界は、自分が諦めた所だが、

時間に拘束されている以上、

行動可能範囲としての限界もある。


その実行内容を、なぜ実行したいのか、

という動機の元厳選し、数点に絞った。

それでも数点あるのだが、

自分にとって必要な道なら、

実現に向けて思いを持続できるだろうが、

思いが本物でなければ、

実現の日を見ることもなく消え去るだろう。


人としてこの世の生を受け、

存在を許されている以上、

皆何らかの使命があると思う。


その使命は、恐らく知れ得ないが、

死ぬ間際の状況を思い浮かべた時、

「やっておけばよかった」という後悔はしたくない。

「できなかった」 よりも 「やらなかったこと」

への後悔の方が苦しみも重い。


新たな挑戦に失敗は付きものだが、

失敗を恐れ、不安だからといって何もしないのでは

何も始まらないし、その思いでは

明日も明後日も変化が訪れない。


人生とは日々何かを付加していくものだと思う。

でなければ、明日の意味がない。

また、明日を力強く歩んでいくには前日の存在が重要に感じる。

段取り、としての前日の存在だが、

最低でも、前日に明日の段取りをする。

当日起きてから段取りをしている様では遅い様に思う。


明日を信じれるから、今日を無駄に過ごしがちだが、

本当の意味での明日の確信は夢を持つことだと思う。


年が老いを作るのではなく、

本当の老いは、夢を捨てた時に始ると思う。

ある程度年を召された方でも、人生の目標、

夢を持っている方は、生き生きと若い。


私も年齢の老い、体力の低下に言い訳をせず、

いつまでも夢を見続けていきたい。