「敵機発見!」
電離層の下に厚く重なった雲の切れ間から、豆粒のような敵の機影をシゲルは見逃さなかった。
田舎育ちなので、野山を駆け巡り虫取りや魚取りばかりしていたおかげでこういう洞察的視力は抜群に優秀だった。
一般的には、電子探索レーダーと最新型の臭覚探索装置で敵を探るのであるが、昨今の技術革新に加えて戦争によりステルス性能の技術向上だけでなく、電子機器の性能が落ちる磁気電離層をわざわざ航行し探索しにくくする事が現代航空戦の主流となっているため、大昔の時のように逆戻りしてしまい、結局、目視による探索に頼る戦法が最も効果的なのである。
シゲルは航空訓練生時代から暗視敵索検査と粒状物動態視力検査を最優秀でパスしただけでなく、常に括網膜訓練を行っているので飛行曹になってからも目がどんどん発達してきていると自信がある。
先ほどまで磁気電離層の雷雲を飛んでいたので、まだ機体がバチバチと鳴っている。
溜まった静電気を放電しているのだ。旧世代の戦闘機はカーボンテクノロジーが主流だったが、この静電気が弱点だった。
シゲルの乗っている最新鋭機は、蜘蛛糸のDNAをナノテクノロジーによって埋め込んだ超軽量合金繊維で成型され、さらに蛾の燐粉のDNAを塗料に入れた最新塗装「バタフライ・エフェクト」でコートされた次世代ステルス戦闘機だ。
カーボンの最弱点だった静電気も、新しく開発された蜘蛛糸DNA最新超軽量合金繊維「スパイダーライン合金K-28」素材のおかげでナノ粒子放電性能が向上し、まったく影響は無くなっている。
余談だが、柿のDNAを使った「カテキン渋味パウダーコート」をかけるとさらに水の反射も消せるのだが、重量が重くなるのと航空機ではあまり必要が無いので飛行艇以外では使用されていない。
カーボンの数百倍の強度を持つ地球上で最軽量の超合金「スパイダーライン合金」。
昼も夜もまったくレーダーに映らず臭覚探索も蛾のフェロモン分子でかく乱してしまう最強のステルスパウダーコート「バタフライエフェクトコート」の完璧な防探索ステルス加工。この特殊技術は、世界でも帝室空軍のみしか採用されておらず最高機密である。
特に超最新型の臭覚探索装置は、動物科学テクノロジーの発展に伴い、犬の嗅覚よりも優れている昆虫の嗅覚神経DNAをアンドロイドに組み込んで、人間の数億倍の臭覚となるセンサー探索が可能な技術である。
ただし、風向きに影響を受けるので万能ではない。この技術は極秘に帝室軍で開発されたもので、まだ北軍には知られていないようである。
このようなバイオテクノロジー軍事技術は、あらゆる国でもトップシークレットとされ、一般には実態がまったく明らかにされていないので露京軍、北軍ともに産業スパイを放って探っているようだが、敵国にはまだ解明されていない。
同盟連合軍の諸国は薄々これらの技術に気が付いていて、その技術を陽子融合ミサイルの本体へ組み込めば最強に成ると考え虎視眈々と帝室国から取り上げようと企業買収など試み、あらゆる手段を駆使して様子を伺っているような状態だ。
さて、シゲルは敵機発見を脳波通信で打電した後、敵に気が付かれないように上空から降下を開始した。
ツインジェットタービンの出力を絞り機首を真下に下げる。
タービンの出力を下げると敵の熱反応探索に反応しにくくなるので、ギリギリまで気が付かれずに接近できる。
翼面荷重を最大値にして重力加速度を追加した。
括網膜が、ヘルメットバイザーと連動しているか最終チェックするために瞬きを2,3回パチパチとする。視線認証はONになっている。OKである。
ギリギリまで降下してから制動フラップを上げると機体全体がササクレのように逆立った。
細かい羽毛のような特殊加工された「バタフライエフェクト」は、ステルス性能だけでなくダウンフォース効果、整流効果もある最新テクノロジーだが、試作品のためシゲルと他数機の攻撃機にしか架装されていない。
超極秘テクノロジーのため墜落はNG。操作の失敗どころか機体を置いてパラシュート脱出などもっての他である。もしそのような事になった場合は、機体が完全に残らない粉粒的自爆破と搭乗者本人の自爆指示を受けいる。
シゲルはいつでも覚悟は出来ているので、死んでも粉にすら残らない事態に恐怖は感じていない。むしろ国家随一の最新鋭戦闘機に乗れる事に喜びと誇りを感じている。
それが戦う帝室国軍人と言うものだ。
「武運長久、我欲滅私、奉公国神、萬有愛護」
帝室国民を守る鑑としての帝室軍人の心を詠んだ詩である。
シゲルの下着にはこの文字が刺繍されている。
シゲルの網膜から脳にダイレクトに指示が来ている。
目標敵までの距離、到達時間、レーザーミサイル発射時間などなど。
機体に埋め込まれたアンドロイドと母艦の「幕僚総合統括戦略人工電脳AI」とは自動で勝手にやり取りしてくれているが、現場の攻撃においては、パイロットの主観による操作を一任されている。
ファジー(あいまいさ)や狡猾な作戦、斬新な隠密行動ではまだAIが人間に追いついていないのだ。AIと人間のミス誘発ぎりぎりのラインの攻防戦で勝敗が付く。というのが現代航空戦の実情である。
敵機は北軍の「赤影(せきえい)5000-A型」である。一世代前の攻撃機であるがA型は弱点であった瞬間最大速度が改善され超音速速度はかなり速い。気付かれたら逃げ足は一人前だろう。
通常は、複数機で隊列組んで飛ぶはずなのだが、今回はなぜか単機で識別防空圏戦時ラインを侵入してきている。戦時なので無警告で撃ち落としても良いのであるが、シゲルは一応、「国際世界共通戦時下マニュアル」の義務に則り儀礼的に照準警告だけは行う事にした。
脳波指令でレーザー照準を作動させロックオンマークを「ON」で「警告」をした所で敵もこちらに気が付いた。旋回降下をし始めたのでシゲルも後を追いかける。
菱崎重工の開発したF-11-52型夜間艦上攻撃機、通称「紫夜桜 改」は小型大出力の双発ジェットタービン性能が良くて旋回性能は現状、世界一である。
赤影の特徴的なセミデルタウイングと赤軍マークを目視するレベルまで接近した。
敵機は横に滑らせて妨害電波をギャンギャン出している。
ただ旧式ジャミングなのでこちらの機体にはまるで効果が無い。
フェロモンと臭覚センサー、レーザーの3つで三次元的に1回捉えてしまうとあとは自動追随プログラムで永遠にロックオンしてしまうのだ。帝室軍と露京軍はこの技術を持っているが赤軍はまだこの技術を持っていない。
赤子の手をひねるようなものである。
シゲルはレーザーミサイルを発射した。
光の速さで真っ直ぐなラインが発射されると同時に赤影は「ズシュ!」と言う轟音と共に破裂して煙になり消えてしまった。
蒸発爆破である。
粉も残らないで完全に煙になってしまうレベルだ。
風に漂う黒煙だけが悲しい名残を物語る。
帝室軍と連合軍の科学技術力はすさまじく進化していて跡にすら残らない完全爆破のレーザーミサイルを開発していた。もちろん環境に優しいという建前もあるが、残骸を残さずに完全に消しさると言う事は「戦闘行為すらなかった」事にできる。
今のような夜間作戦の時には非常に都合の良い話である。
国際情勢も鑑みて、このような完全に蒸発爆破が出来るレーザーミサイルの技術は、まさに最新のトレンドなのであった。
「任務完了」
シゲルは脳波で母艦に送った。
「幕僚総合統括戦略人工電脳AI」略して「BSTS-AI」からは「帰還」ビーコンが発信され誘導してくれている。
「さて戻るか。」
あとは、洋上に浮かぶ夜間出撃中の母艦「彗鳳(すいほう)」に着艦するだけだ。
その後は後輩に偵察任務を引き継ぎシゲルは休憩。
そして・・・「マル六マルマル」時には、いよいよついに始まる「極秘奇襲攻撃任務」が待っている。
国家の命運をかけた「開戦」の火蓋がいよいよ幕開けだ。
連合国の連合艦隊とは別の機動部隊による隠密活動。
先ほどの撃墜は敵国の巡回偵察機を「消した」のである。
シゲルはその極秘特殊任務を遂行する、最強の部隊、「帝室空軍第三四三航空部隊」の上飛行曹である。
第三四三航空部隊は、国の精鋭が四国州松山市に集められ「銀隼部隊」と「金剣部隊」の2分隊構成。帝室国の皇王親衛隊としては最強の空軍師団である。
帝室海軍にも「航空部隊」は存在するが主にヘリコプター部隊であり、戦闘機は例え空母積載の機体でも空軍が取り扱う決まりにになっている。
それにしても、今回はずいぶん楽な任務だな。と思った瞬間に轟音が上空から聞こえてきた。
つづく
