午後12時半、決済場所である地方銀行の駐車場。灰皿にちびたタバコを押し付けると車を飛び出し、この炎天下に背広を着用した。埼玉県北部の駅前は、駅前なのに田んぼがあり、その上にはゆらゆらと陽炎が立ち昇っていた。気温37度。昔は「不快指数」なんて言葉もあったが、今ではどうなのだろう。2007年夏のクライマックス。今日の仕事は新築物件の決済だった。購入したのは若い夫婦だ。
決済予定時刻の30分前に銀行の融資担当者と逢い、段取りをした。
部屋に通されて一人、振込用紙の準備をする俺。20分後に仲介業者が来て、程なく買主夫婦が到着した。
午後1時、本来なら、そこに抵当権をはじめとする各種登記の手続きをするべく司法書士の先生が居なければならないのだが、どう云う訳か、先生は予定時間を過ぎても現れなかった。
予定時刻を5分過ぎた頃、銀行の融資担当者がそそくさと入室してこう言った。

「先生が電車を乗り間違えられたそうです」

皆で苦笑いをした。「こういう事も、たまにあるんですね」と仲介業者は言った。
本来は司法書士による説明から始まる決済ではあるが、先生の到着を待つ間、仲介業者と客は引き出し伝票、振込み伝票の作成をした。
一通り伝票が出来てもまだ、先生は現れなかったので、売主である俺は、先に引渡しの説明を始める事を提案した。



水道と電気の名義変更の説明をしている時、ようやく先生が現れた。

「遅れまして・・・誠にすみません!」

深々と頭を垂れるのは女性だった。
頭を上げた彼女は真っ赤な顔で汗まみれだった。
この炎天下に走って駆けつけたのだろう。
美人だ。髪を上げ、スーツ姿の彼女はスラリとしていて、とても似合っていた。
誰に似ているかを考えたが、日本人離れした顔立ちは誰かに例えるのが難しい、ちょっとキャメロン・ディアスに似ているだろうか。
日本人だけど外国人に似るという事だってあるだろう、例えば俺の母親はキャンディス・バーゲンに似ている。

「それでは・・ハァハァ・・所有権移転登記の・・・ハァハァ・・・」

登記の説明を始めた彼女はまだ息が乱れており、妙に艶めかしい。横で聞いていた俺はちょっと彼女を見た。
滝のような汗が首筋を伝って流れて、それにつられて乱れ髪が首筋に張り付いていた。
この人、目がでっかいな。
手足が長くて綺麗だ。
髪を下ろすとどんな感じになるんだろう。
凄く焼けているな、サーファーなのだろうか。
俺は、首筋を伝って流れる汗の行方を想った。


午後2時半、決済が終わり、俺たちは外に出た。
「これからどちらへ?」
もし良かったら送りましょうか?と誘う俺に、彼女は若干の申し訳け無さを表情に出しながら「いえ、ご迷惑でしょうから・・・」と、やんわりと断った。
駅方向に歩く彼女はモンローウォークだった。
次回の決済を司法書士事務所に報告する際、彼女を指名できるだろうか。
今度は慌てていないクールな彼女を見てみたい、と思った。
つまりまあ、俺は彼女に対して叱責するとか、そういう事をすっかり忘れていた。美人は得だ、というお話。