俺の父親は大学生の頃に宅建の免許を取ったので、不動産の世界では、その道50年のベテランだ。今や同業の俺にとって、教えを乞うべき大先輩である。
その父が物件資料を送ってくる時、そこには必ず「良く見る!」と添え書きしてある。

「現地を良く見る」

父が不動産屋として活躍し始めた頃、丁度「那須の土地」ブームの幕開けだった。
口八丁手八丁の不動産屋は、客の所へ公図しか持参せず、口頭で敷地の優位さを説明し

「冬季オリンピックが開催されるという噂ですよ、そうなれば地価は高騰。ひと財産築けますね」

と、無知な客に吹聴し、契約書に署名押印させる。
ところがそこはとんでもない原野で、利用価値などほとんど無い、痩せた土地だったりするのだ。
父は飛び込みの営業で、けっこうな数の契約をまとめたそうだが、不動産で失敗する顧客を沢山見て、本当にいい話など無いな、あるとしたら、その価値を自分の目で発見しなければならない、って事を実感したのだという。
前職、つまり、俺がまだ大東建託の営業マンだった頃。
大東建託は不動産業者ではなく総合建築業だから、当然土地売買は業務内容に含まれないのだが、それでも土地オーナーを紹介してくれていた父は、公図、謄本、道路台帳の写し、埋設菅状況、住宅地図のいずれかに「良く見る」を書いて俺を戒めた。



不動産業界に転職して間もなく8ヶ月になる。
業界経験者として入社した俺だが、建築業と不動産業の間には、結構な隔たりがあることに気付く。
分からない事だらけだ。
言わば異業種。俺は業界未経験と同様。
入社後しばらくして、あることに気が付いた。

「なるほどですね?」

不動産営業の人々は「なるほどですね?」というセンテンスを頻繁に利用する。
物件確認の電話で「なるほどですね?」
完成物件の鍵のありかを訊いて「なるほどですね?」
買い付け確認で「なるほどですね?」
契約のセッティングで「なるほどですね?」
残金支払いの打ち合わせで「なるほどですね?」
俺は結構好きだ。耳に心地良い。
でも、厳密に言えば間違えた日本語である。
本来「なるほど」は「成程。」と完結される語句である。
後にくっ付く「ですね?」(疑問形)によって「完結を解除」される「なるほどですね?」は非常にエキゾチックな響きを以って俺の心を惑わせる。
「なるほど」は自己完結なのに対して「ですね?」が本題に含まれる不安定要素を相手に確認している、もしくは、完全に理解している訳ではないのだ、と主張している様にも聞こえるところがいい。
実にイイ!
了解したのかしないのか

 どっちなんだよ

と。
だからと言って「なるほどですよ」と言い返したりはしない俺なのだ。
「現地を良く見てください」と告げれば、大体OKかな?