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先日,ある分子生物学社の講演を聴くことがあった.社会人になり3ヶ月.まだまだ学生気分は抜けず時々学生時代を懐かしく思う.上司からの命令でいくつかある講演の中から1つ選び受講後レポート提出という課題が与えられた.数ある中から社会人のための心構えやらを説く講座を選ぶのがセオリーなのかもしれない.しかし.大学時代の懐かしさを感じた私は,大学の専攻に近いこの講座を選ぶという暴挙に至った講演者の著書は研究室にもあり,そのときには全く見向きもしなかったのだが,社会人になった今の方が魅力的に感じてしまう.

講演では,主に2つのテーマがあった.1つ目はは細胞,遺伝子,タンパク質,分子といった人の目には見えないミクロなスケールでの話である.その中でも,「動的平衡」と言う概念を強く主張していた.私たちの世界には,「エントロピーの増大の法則」という簡単にいってしまうと何もしなければ崩壊していくという大法則に支配されている.10円玉は錆び付き,風化していく.砂場に作られた砂のお城は,風や雨に打たれいつの間にかなくなってしまう.この崩壊をさけるには,崩壊のスピードよりも早く,新しいものに置き換わればよい.この概念を「動的平衡」と言い.私たちの体もこの動的平衡の法則に支配されている.私たちの体は何百万という分子によって構成されているが,それぞれの分子は常に体内にとどまることなく,食べ物を吸収することによって得られる分子に置き換わっているという.つまり,何年かぶりにあった友人に「久しぶりにあったけれど,全くおかわりになられないのね」という発言は正しくなく.1年前の自分と現在の自分を構成する分子は全く異なり,そういった意味では全くの別人になっているのだそうだ.このように,ミクロの世界で起こる現象には生命の神秘がある.その神秘に魅せられ,ミクロな世界を理解することに情熱を燃やし,部分を理解することは全体を理解することにつながると福岡氏は考えていた.しかしそれは間違いであり,部分を理解したからと言って全体を理解できるとは限らないことが今日分かってきたそうである.
2つ目のテーマは,「部分と全体との関係性について」であった.私たち人間は,「部分的な情報のみから全体像を推測する」能力があるという.例えば,自分の知っている人であれば,遠くの方で歩いている人がいたとき,その人の歩き方,服装,外観をみて,その人が誰であるかを特定することができる.この「部分から全体像を読み取る能力」というのは,進化の歴史の中で獲得した,「生きていくために重要な能力」であるといえる.しかし,その能力がある故に人間は部分のみを理解するということに重きを置く傾向があり,時に大きな過ちを犯してしまう危険性があるという.その例の一つとして,狂牛病の例があげられる.狂牛病の原因は,肉骨粉であると言われている.肉骨粉は,牛・豚・鶏から食肉を除いたあとの屑肉,脳,脊髄,骨,内臓,血液を加熱処理の上,油脂を除いて乾燥,細かく砕いて粉末としたものである.安価で,蛋白質,カルシウム,リン酸質が豊富で高い栄養価を誇るため,豚・鶏の飼料,農作物の肥料,ペットフードの原料となっていた.そもそも何の手の加えられていない生態系で,草食動物である乳牛が肉を食べることなど考えられないことである.このような本来従うべき自然原理を打ち破ったのは「生産性の追求」という人間の短絡的な思考であるといえる.さらに「生産性の追求」が進み,衛生問題を考えず十分な滅菌作業をせずに出荷したことによって,もともと鶏の病気であった○○病のウイルスに感染する確率が増し狂牛病という恐ろしい病気の発生へつながった.さらに狂牛病の原因が肉骨粉であることが明らかになったにも関わらず,イギリスは国内に余っている肉粉骨の輸出量を増やした.その結果,狂牛病が世界各地で発生することになってしまった.このように,目先の利益という部分的な幸せを追求した結果,全体の不幸を呼ぶということがおこる.
 このように,私たち人間は部分から全体像を読み取る能力に長けているが故に,部分のみしか考えないという傾向が強く,時に大きな過ちを犯しがちであるといえる.そのような本講義の主張に対して,私自身にも考えさせられることがある.疲れているから,締切りまでにはかなりの時間があるからという短絡的な理由でやるべき仕事を後回しにした結果,締切り直前に焦ることになり,納得する結果を残せないという失敗を私は学生時代に何度も経験してきた.私はこの講義を通して,簡単ではないとは思いますが,「木をみて森を見ず」という部分尊重主義が持つ危険性を常に意識しながら生活することの重要性を強く感じました.目先の利益でなく,将来の自分への投資に重きを置き,日々生活していこうと思います.
 最後になりましたが,私にとって意義深い本講義の受講にあたって援助を頂いたことに大変感謝いたします.ありがとうございました.