不眠症からうつ病への悪化は坂道を転げ落ちるようだった・・・ように思う。

 

同僚の桃ちゃん(仮名)は、同僚達が私を陰でどのように言っていたか、

逐一、報告してくれた。

「オヤジキラー」

「誰とでも寝る女」

他にも色々あったけど、あとは忘れたー。でも、言われたほとんどの事を

忘れられたという事実に喜びを感じる部分もあったりする。

 

今、思えば。今、思えば、である。

桃ちゃん自身が私を陥れたかったのかも知れないとも思ったりする。

彼女は言っていた。

「何故だかkateちゃんのことを、桃ちゃんからkateちゃんに言っておいてって、

 みんなが私に言うんだけど、

 kateちゃんに言わずに自分で止めておいたら、私自身が精神的にもたない。」と。

当時の私はそれを聞いて、本当に申し訳ないと思っていた。

私と桃ちゃんの仲がよいのはみんなの知るところではあったけれど、

なんでみんなは桃ちゃんに私の悪口を言うのだろうと。

 

桃ちゃんが私を陥れたい動機があると思うのは、

桃ちゃんがとても惚れていた年上男性ホイさん(仮名)と私が仲が良かったからだ。

歳は離れているが、ホイさんは私にとって気のおけない友達だった。

お互いに恋愛感情など欠片もなかった。いつも「色気ねえな」と言われていたし。

私は「男女間の友情は存在する」派だ。

そもそも桃ちゃんと仲がよくなったのは、ホイさんとの仲を取り持って欲しくて、

彼女が私に近づいてきたことがきっかけだった。

私も2人がうまく行けばいいなと素直に思っていた。

桃ちゃんが私に伝えてきた「聞いた陰口」が全て創作だったのか、

一部が盛ったものだったのか、

全て事実だったのかは知る由もない。

でも、周りの様子を私なりに見ていて、全部が創作だったとはあながち言えないと思うのだ。

 

桃ちゃんは私などよりよっぽどモテる女子だった。

私が素敵だなーと思った男性が桃ちゃんに好意を持っているというケースも実際

あったりした。

でも、ホイさんは恋愛自体にもう興味がなかったため、最後まで桃ちゃんにはなびかなかった。

 

自己肯定感が高いと、人は多少の悪口を言われようが、それをやり過ごせるものだ。

何も痛みを感じないことはないかも知れないが、

「でも自分は自分だし。私は自分のことが好きだし。

 言うたら、私を悪く言うあの人の方がどうかしているし。」

その機能を標準装備している人には、そのスペックの優秀さがどれだけありがたく、生きていく上で必要なものかわからないかも知れない。

一方、自己肯定感が低く、人にどう言われるかで自分の価値を判断する私のような人間(所謂「他人軸」という、メンタルを病みがちな性質)

には人に悪く言われることはひどく堪える訳で。「ストレス耐性」がない訳で。

その原因を突き詰めていくと、成長過程について言及しなければならなくなるので、ひとまず、それは置いておく。

 

優秀な女性の多い部署の中で、もともと賢い方ではなかったが、

うつ病を発症して以降、自分でもバカになったなあと感じていた。

それもうつ病の症状のひとつであるということは最近になって認識したことだ。

ずっと頭の中にもやがかかっている。

自分なりに的確と思う言葉のチョイスがそれまでは瞬時にできていたのに、

全くできなくなった。

あれなんだよなー、あれなんだけどなーと思う言葉が出てこない。

もしくは言葉自体が全くイメージを結ばない。

同僚は私のことを「頭が悪いヤツ」と思っていたと思う。

今となっては、そう思われようがどうでもいい。

ただ、国語が得意で、それが偏差値に出ていた過去もあった私としては、

「的を射る」をドキュメント作成の時に「的を得る」と書いてしまって、

それを同僚に「間違っている」と指摘された時の恥ずかしさは今でも覚えている。

アウトプットもそんな状態なんだけれど、インプットの能力も落ちるのだ。

理解力が落ち、ズレた答えを返して「はあ?」みたいな反応をされることも増え、

そういう自分に自信が持てないので、何かをジャッジすることも滅茶苦茶こわい。

本当にバカになるの。バカになるのよーーー。

でも、それはうつ病のせいなの。

と言いつつも20数年経ち、未だに取り戻せた感がなかった(バカのままの)私は、

現在の担当医に「これはバカになる薬ですー。」と予期せぬタイミングで言われて、

一筋の光明が差したような気持ちになった。

老化で自然に退化した分はともかく、薬を変えて飲まなくなれば、もしかして治る可能性があるの?!

と目をキラキラさせたのはごく最近の事で、まだ良くなった実感はない。

「自分なりに」という注釈は外せないけど、打てば響くような感覚が戻るといいなと思う。