高校時代の先輩が、ちかじか美容関係のお店をオープンすることになりました。
(バンザーイ!)とても気のいい、のんびり屋さんの先輩。
ちょっと、とぼけているようで、とても気の利く働き者やさんなので、お店に期待。
もともと、おうちが事業していて、その空き時間に、好きなお店をするという感じですので、楽しんで、やってほしいな。
と思います。
その実験台といいますか、スキンケアのほうでかかわらせてもらっております。
一応講習会にもさそわれ、だらだらいくと、従業員向けの講習で、美容専門者なのでそれなりのお洒落な感じも忘れずに。
とか、従業員でないけど、そうなんだあ~と妙に納得したりして。
おしゃれに割と無頓着な自分には痛い話です。
スキンケアのほうでは、時々先輩のお家で機械をかけてもらうのですが、顔を、リフトアップして、ほうれいせんを、目立たなくするという点で、とても効果を発揮してとても感動したのですが、顔半分だけだったので何となく、神妙な感じになりました。
もう片方のたるんだ顔を見て、(こっちもしてくれればいいのに)と思いながらその日は自分の家へまっすぐ帰りました。
半分だけ劇的に変わった顔で、スーパーに行けないので。

フィトリフトオールインワンジェル
うちは、12階建てのマンション。
でも、二階に住む我が家はあまりエレベーターに乗らない。

ちょっと階段であがるほうが、早いし運動になる。

そのため、エレベーター付近の住民への張り紙はあまり目にしていない。

珍しく先ほど、ちょっと疲れてエレベーター付近へ行くと、見たことのない張り紙が、という
か張り紙がかなり増えている?!
言いたいことの多い人が多いのだろう。

しかし、気になったのはやはり、騒音について。

どの集合住宅でも、共通だろう。
こどものいる我が家は言われる側なので、肩身がせまい。

しかしよく見ると、騒音関係の苦情ばかり目立つ。
こどもがいる世帯が大半のこのマンション
も、気にする人はいるのだ。
ちょっと気が重くなり、帰宅する。

どこまでなら許されるのか?こどもが大きくなるまで続く悩みだろう。

私には3歳になる子供がいます。
毎日元気に遊びまわり、私の言うことなんてお構いなしに体力の限界まで遊んでようやく寝るくらいパワフルに動いています。
ほとんど病気なんてしたことがないのですが季節の変わり目には熱を出すことがあります。

辛そうに寝ている子供の頭を撫でてあげたり、喉が渇いたと訴えた時はすぐに飲み物を飲ませてあげたりと看病している姿を見ているせいか、私が具合の悪いときにも同じように頭を撫でてくれたりします。
そんな時には心がとても癒されます。

ちゃんと人の事を労る子に成長してくれてると感じるなら具合が悪くなるというのも悪くないなと思いました。
 日本語の中で足と手を使った表現があるけれど、足は悪い表現、手は良い表現に使用される事が多いと聞いたことがあります。
確かに足には「足蹴にする・足がつく・足が出る・足の踏み場もない・足を掬われる」などネガティブな表現が多く見受けられます。
反対に手には「手当・手作り・痒い所に手が届く」など愛情を感じさせるものや「手に入れる・手柄・手が利く」などの良い意味が多いように思い、得意げに子どもに話しました。
すると「『手がつけられない・手がかかる・手に負えない』っていうのはどうなの、『手が後ろに回る』ってのもあるよ。
」と素早い切り替えし。
なるほど。



 手塩にかけて育てた我が子もすっかり親の手が離れ、賢くなり、地に足がつきだしたのかしらと感無量です。