私の近しい友人で、その人生を周囲から注目されている方がいます。



投資家でも企業家でも弁護士でも医者でもありません。優秀で頭が切れるというわけでもありません。


たまに挑発的な話し方をするので、奴は頭がおかしいんじゃないかと言う人もいます。



しかし、見方はどうあれ



彼は注目されています。



彼には幾度となく奇跡を見せてもらいました。



彼が学部時代に書いた自伝はネット上で公開され100万以上のアクセスを記録。

大学では常にトップクラスの成績をキープし、在学中バイク事故の保険金でアメリカに留学を決意。(彼とは同じ職場だったのですが、顎から血を滴らせながら職場に現れたときは正直言葉を失いました。)


留学先は日本人が周りに誰一人いない環境。

純粋日本人。海外経験ナシ。

とてつもないハンディキャップがある中で、24時間不眠不休英語漬けの毎日。

家賃月100ドルの屋根裏で生活しながら、留学歴僅か半年で所属大学のTA(非常勤講師)の職を手に入れる。学費免除で僅かながら給料も入るため、アメリカで自活できるようになる。


その後、linguisiticsの分野での研究活動が高く評価され、今秋より、カンダ・ケベック州のマギル大学(Sunday Timesで世界の大学10指に選ばれた)に進学することが決定。




優秀な奴だから。というかもしれませんが、もう一度言います。


彼は優秀ではありません。


成果だけを取ってみても彼よりも優秀な人間は五万といるはずです。



それでも彼が凄いと思えるのは、彼が我々の予測を遥かに上回る

「絶対に有り得ない奇跡」を生み続けるからです。



そしてその奇跡は偶然によってもたらされてものではなく、

人並みはずれた努力と行動力に裏打ちされた結果だからです。




彼は自身のブログでこう放ちます。


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「俺が奇跡を見せてやる。」



自分は今とんでもないものを夢見ている。
それはアメリカ、この地で一人前としてやっていく、誰にも負けない自信をつける、Linguisticsの教授にさえ駆け上って、世界的に「有名」になってやる、という野心だ。
多分、ここでこんなこと言っても、誰もなんとも思わないし、信じもしないだろう。それどころかますます「失笑」を買うだろう。何故なら、それは「奇跡」だからだ。目の前に絶対起こりえない有り得ない「奇跡」だからだ

「奇跡」だからこそ、自分は挑戦したい。一つだけ分かっているのは、「他人」と同じことをしていては絶対にだめだということだ。「有り得ない」、それをして初めて前に進める。自分をもう一度根本的に変えないと駄目だということだ。自分の可能性1ミリでも動かすには、信じられないほどの努力が必要だ。でも今、自分を180度進化させたい。もっともっと、極限まで自分の「可能性」を見てみたい。

「バカ」じゃやん」「やめたほうがいい」、そう大人ぶってなめた姿勢をとる「常識人」を見るたびに、言ってやりたいのは、「だからオマエの人生はフツーなんだよ」ってメッセージだ。
大人という常識を守り、自分の高いプライドを傷つけないように他人を見下して、いつも他人の見た目だけみて判断する。そういうやつに限って、キレーな「結果」を見せた瞬間に態度をコロリと変わるのも知っている。
また言ってやりたい。だから、あんたはいつまでたってもフツーなんだよ、って。」

一度しかないこの人生。
極限の緊張の中で、もっともっとやってみたい。自分をギリギリまで試したい。結果を出し続けて、上にいきたい。
誰もが信じられない「奇跡」を、本当に起こしたい。
今この瞬間、「なんだこのバカ」って思う、そんな「奇跡」を現実に見せつけてやりたい。
でも何より、本当に「奇跡」が起きるのかどうか、自分で自分を見てみたい。
どんな手段、どんな努力をもってしても、かなえてやりたい。

多分、これが最後のキチガイブログになるけれど。
これからの一気の一ヶ月。ギリギリまでやってみます。
失笑、呆れ顔を、いつか本当に賞賛の嵐に変えてやります。

自分自身で自分自身を本当に認められる、そこまで突っ走り、
アメリカで本当に生きてやる。

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……


………





有り得ないビックリマーク(絶句しました。。。えっ



こんな挑発的なこと言うこと自体「有り得ない」かもしれないのですが、ブログでここまで宣言できる人ってそうはいないんじゃないでしょうか。

(宣言したとしても、それをMAXスピードで実行に移せる者は本当に限られていると思います。)




ふつーの人生だろうと波乱万丈な人生だろうと人生に優劣はなく見方は人それぞれですが、こんなアンケート結果があります。





アメリカで90歳以上のご老人に、





「90年の人生を振り返って一番後悔していることは何ですが?」






これに対して、90%人が同じ答えだったそうです。







もっと冒険しておけばよかった。





人生を達観された方々でもこう思うんですね。




そういえば遠い昔、彼は冗談で


「冒険なんてするんじゃなかった」と言って死にたい。


とか言ってました(笑)



プリン亭 8:28:14


ある友人と話をしたときのこと。



「報告するほど大したことしてないのに皆に日記を公開するのってどうよ?」



これには反発の意見がありそうですが、彼の意図した内容は



「ネット上での日々の所感や共有には生産性が伴わない」



というものでした。



その日の出来事を徒然なるままに綴ったものは日記です。

日記を他人に公開するのは、退屈にはちょっとしたスパイスになるかもしれませんが、ネットサーフィンやテレビのバラエティ番組などと一緒であまり身にならないということです。






そもそも、ブログを書く目的は人それぞれです。



「自分のやっていること・思っていることを周りにアピールしたいから」

「嬉しい出来事や悲しい出来事を共有したいから」

「文章力やweb製作などのスキルアップ目的」

「皆がやっているからなんとなく」

「読んでくれる人がいるから」

「人間関係を広めたいから」

「日記として活用」

「小遣い稼ぎ」

「暇だから」 etc.




自分の場合はどうかというと、





書き留める


人に言いふらす





というのが目的です。




(以下、自分への言い聞かせ)


○書き留める


自分のためになる話やアイデアはそれを完全に消化し、時にはルール化するまで何度も何度も頭の中に刷り込ませる必要があります。


しかし、人間は忘れる生き物なので、これらを常に覚えておくのは難しい。


よって、ルール化するには書くしかない。


英単語を暗記するのに読んで書いて発音するのを繰り返して脳に定着させるのと一緒です。


で、なぜかブログって「お気に入り」なんかに登録されていて何度も読み返してしまうんですよね。これで繰り返すことになります。


加えて、書き留めるためにはヒアリングした内容を整理して纏める必要があります。


この纏める作業の間にもインスピレーションが働いて良いアイディアが生まれることもあるので書き留める作業は様々な可能性を秘めていると思います。



○人に言いふらす


逃げ場をなくすためです。プライドを利用することでもあります。


私の場合、人にケツを叩かれないと自分を律することの出来ない典型的駄目男なので、スーパーバイザー役がいないとだらけてしまうんです。(この発言自体が既に駄目ですがガーン


よく、


Fake it until you make it!


とありますが、偉そうな目標を掲げてそこに到達するまでのプロセスを一定の期間ごとに報告するのは当然リスクが伴います。


しかし、その一方で、このリスクの持つ力こそが目標達成へのモチベーションの原動力となることがあります。


Fake it until you make it!


という言葉は、

出来るフリをしていれば、自然と言動や行動に反映され、それが次第に習慣化されることによって、自分の目標とする位置まで引き上げてくれるという意味ですが、それ以外にも、周囲の監視下に置かれることで達成できなかったときの恐怖の力を利用しろ。」

というメッセージが含まれていると思います。


ただ、ストレッチ目標を立てる際には、しっかりとゴールまでの道筋を見据えていないと単なるオーバーコミットになってしまいます。


そしてペナルティも。


「達成できなかったら人生が終わる」くらいの心構えで臨むためには、虚勢だけでも高く張って時には自分を限界まで追い込むことが必要でしょう。




話を最初に戻します。

最初にああいった彼は締めくくりとしてこう言いました。


「インターネットの性質上、表面上の付き合いだけの友人も日記が見れる。

かといって、人を限定して公開したり、コメントに返答をしなかったら人間関係に波風が立つ。


これだと、ただの知りたいたちと集い無理にランチをしたりして、それほど面白くなくても調子を合わせて作り笑いをしたりご機嫌を取り合ったりして安心しあうのと同じ。


卒業しないと。それよりも夢や希望に時間を費やしたい。」


プリン亭 8:28:11