スタッフYさん(78歳)のご主人が
2ヶ月前に転倒して骨折し入院した。

それからみるみるうちに状態は落ち
点滴、経鼻栄養、透析、
認知症状が深くなり
チューブをいじってしまうとの理由で
ミトン装着となった。

感染症も発症し家族の面会は
全くできない状態が続いた。

Yさんも息子さんも
ご主人も不安な中中時間が過ぎていった。

さらに極め付けは
気管切開と胃ろうをするという医師からの通告。

「もうこれ以上はやめてください」

Yさんは病院に訴えたはずだが
いつのまにか胃ろう装着のための手術日まで
決められていることがわかり
私とYさんで病院に介入し強く訴えなければ
危うく手術されるところだった。

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私は以前からYさんに
ご主人をコイノニアで引き取り
介護することをすすめていたが
Yさんの中ではなかなかその決断が出来なかった。

しかし、胃ろうや気管切開のことから
Yさんはもうこれ以上病院に主人を
任せておくことはしたくないと
主人を自分のそばにおいておきたいと
看取る覚悟でコイノニアへの入所を決めた。

しかし病院側としては
簡単に退院を許してはくれなかった。

「今の状態で退院すると
施設では透析ができないので
透析をしない=死に至る」

と病院は主張していた。

何度も何度も透析に関するリスクと
確認の連絡が続いた。

「もういいんです。
そばで私がみたいんです。」

というYさんの気持ちを
事務長のゆきほも一緒になり
病院側に主張し続けた。

私も、「ご本人と家族の気持ちが
何よりも大切なのでは?

このまま病院でもし亡くなったら
家族の気持ちはどうなると思いますか?」

そう病院側に問いかけた。

病院のソーシャルワーカーさんは
医師たちとの板挟みにありながらも
私たちの話にも耳を傾けて
早めに退院日を調整をしようとして下さった。

ところが、事前に医師との話し合いが
必要だと言う。

となるとまた退院日が先延ばしになる。
なので、そこも退院日に行えば良いことなので
とにかく退院は今週中したいと
こちらの言い分を押し切った。

退院日当日にもまた医師たちと話し合いをし
透析をやめることに
お互いに同意を得ての退院となるという。

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退院当日。

Yさんと息子さん、そして私とゆきほが
会議室に案内された。

6名の医師たちが目の前にズラリと並んだ。

緊張感が走る。

あとはYさんと息子さんが
心ブレずに医師に本音を伝えられれかどうかだ。

そこから30分間、医師たちが順番に
今後予想されるであろう(可能性に過ぎない)
あらゆるリスクを説明し始めた。

詳しい話は差し控えるが
ご家族の気持ちが
不安になるような話がたくさんあった。

ひと通り説明が終わった後
「ここまでで何か質問はありますか?」
とある医師が言った。

息子さんは

「もうわかってるんで、大丈夫です」

と伝えた。

それで終わるかと思いきや
他の医師が強い口調で
さらなるリスクの説明をしてきた。

そこで気持ちが抑えきれなくなったのだろう。
息子さんがさらなる口火を切った

「じゃあね?先生。
透析をやったら全部治りますか?
って、そこですよ!

転倒して骨折してここきたんですよ?
そしたらさ、全部がガーンって悪くなっちゃって。

それまでね、親父は自分で歩いてたんです。
ゴルフだってやってたんですよ。

透析だって何年も前から言われてて
でもやらなくていいように
お袋と食事とか頑張ってきて。
○○病院の受診の帰りに寿司食べて。

親父、頑張ろうな、頑張ろうなって。
ずっとやってきたんですよ。

透析やりたくねぇよな?
うんやりたくないって、親父言って。
だよなって。
頑張ろうなって。

それが、こうなったら、
もう俺の顔もわかんなくなっちゃって。

だから、俺の中ではもう良いやって思っちゃって。そこまでいっちゃったんですよ。

だからもうお袋の好きにしたら良いって
思ってるんです。」

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医師たちの表情が変わった。

医師は息子さんへの理解を示しながら
またご丁寧に説明をし始めたが
息子さんはそれを遮って再び話した。

「リスクのことはわかりました。
でも、それも絶対じゃないわけですよね?

最終的に
そこのリスクを回避できたら良いなって。
そこだけですよね。

だけど、病院にいたからってそのリスクがないって、わからないことじゃないですか、先生たちの話聞いてると。

だったら俺は、お袋が働いてる施設(コイノニア)でお袋が見れば良いんじゃないかなって
思ったんです。

最初はね、俺も自分は病院の先生に任せようと思ってましたよ。

でもお袋の気持ちを聞いて
だったらお袋の気持ちに任せようっていうか。

そういう気になったんです。」

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医師たちは沈黙した。

強い口調で主張していた医師も何も言わなかった。

それから、透析をやめるにあたり
同意書へのサイン。

そして、もしまた何かあれば
いつでもここに戻って病院での治療を再開しても大丈夫なように受け入れ体制は整えておくと
ということを言ってくれた。

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退院して、5日経った。

コイノニアスタッフと
訪問診療の先生と看護師さん。そしてYさん

このサポートチームで全力でケアに
あたっているのだが...

ご主人の表情は全くと言って良いほど変わった。

退院時の、虚で無表情だったお顔が
微笑みや相槌も見られるようになった。

かすかにコミュニケーションがとれることに
Yさんは大喜びしている。

さらには、問題の腎臓。

透析をせず5日間経つが排尿もしっかりあり
状態はそこまで悪くないのでは
という可能性が出てきた。

コイノニアへの入所という決断は
全員看取りの覚悟であったが
医師の方針も変わった。

病院が言ってる以上に
回復する可能性が出てきた。

しかし、たとえこのまま看取り
となったとしても
後悔はないとYさんは言う。

手を握り、身体をさすり口に水分を運び
あたたかいタオルで丁寧に体を拭く。

身体がかたくならないように
ゆっくりと動かす。




退院初日↓Yさんが本当に嬉しそう




退院3日目

ご主人から微笑みが見られるようになった



歌や音楽を聴き、一緒に空を眺める。

家族と子供達のはしゃぐ声が
心を躍らせる。

こんな些細な日常の時間を過ごすことが
少しの間でもできていることがありがたいと
Yさんはいう。

今、Yさんとご主人は
とても幸せそうに過ごしている。

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「命は時間の長さではなく質だ」

改めてそう思う。

私は自分の父を看取った時を思い返しながら
ご主人の手を握った。

部屋の中で一日一人で過ごし
時々白衣を着た人たちが
エプロンと手袋とマスクで防備し、
表情も見えないような姿で
終わりの見えない肉体の「処置」をし続ける環境下で何ヶ月も過ごすのと

たった数日で人生が終わるかもしれないが
このありふれた日常の中で
大切な人たちと時間を過ごすとしたら

あなたはどちらを選ぶだろう。

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私は、ご主人のあまりにも可愛らしい表情に
思わず「可愛いですね」と言った。

ご主人は恥ずかしそうに笑い返してくれた。.

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特別なことは何もない。

ただ一日一日を大切に、慈しみながら過ごす。

それが何よりも大切なことなのだ。

人間が生きる上での本質なのだ。

私たちは今日も生きるココロを支える。

その信念を貫いていく。

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美江

※写真、内容共にご家族の同意を得て掲載しています。