221015 ryoji ikeda / www X

 

池田亮二の音楽は印象が全部おんなじで、でもクオリティはカンストしてるから何度でも聴きたいし見たい。

そう思ってライヴに行ったのだが一つ微妙に間違っていた。

その音楽の印象が全部おんなじなのは同じような音楽でどれも同じに聞こえるから、ではなくて純粋にその個性によるものだ。似たような音楽を作ってる人というか池田亮二フォロワーのプロミュージシャンはちょいちょいいるのだがどれも池田亮二のレベルには遠く及ばず、池田亮二のレベルはというとカンストしているレベルである。

悪く言えば特に進歩はないのだが常に最高なので何も問題にならない。

何がそうさせているのかはわからないが多分この人ほどデジタルな音楽をやってる人は他にいないからなんじゃないかと思う。

 

デジタルとはつまり0か1。

音はスピーカーの完全に右か完全に左からしか出ない。

右と左で同時に同じ音を鳴らせばそれは中央から聞こえる。

使われている音もいくつかの音程のサイン波とノイズとラジオっぽい声のサンプリングのみ。

キックとベースの低音はクソ分厚いが多分あれもサイン波。

それが当方の理解する池田亮二の音楽であり今日のライヴも概ねそんな感じだった。

つまりいつも通りで、最高だった。

 

ライヴはやはりサインはとノイズで始まった。

軽いジャブのような導入を数小節進めてから極太のキックを鳴らして会場を揺らす。

そこから先のほとんどはその極太のキックと極悪なベース音で会場を揺らし続けたのだがこの揺らすと言うのは比喩ではなく本当に揺れているのだ。

もちろん地震みたいな揺れではなく音波による心地よい微振動だ。

肌からはスピーカーが揺らす空気の揺れが伝わり靴からは床の微振動が伝わる。

 

池田亮二の音楽は一見全く踊れなさそうだがその音は間違いなくビートの塊であり、そのビートは割とわかりやすく、ゆえに十分に踊れる。

テクノDJの人がこれをかけるのはそのテイストからして難しそうだしこの手の音楽に耐性のない人にはそのビートが見えない気がするがちょっと観察すると割とわかりやすいビートが曲の全編にわたって張り巡らされている。

 

ライヴでは、最初の方はビートがややわかりにくい感じで踊っていると言うかビートに体を揺らしている人はあまりおらずほぼ棒立ち状態だった。

が、中盤から後半にかけてビートはわかりやすくなり、EDMほどではないが普通に踊れる音楽になっていた。

序盤は8小節かけてベース、8小節かけてホワイトノイズ、そしてまたベース、という構成でそこに細かい音が徐々にレイヤーされて加わってくる感じだった。

要するに単位が大きすぎて把握が微妙にわかりづらい。ホワイトノイズの時に入ってくるキックもわかりやすい四つ打ちとは程遠くドラムロールのような細かい打ち方だった。

しかしその細かい感じがむちゃくちゃかっこいい。

聴いててカウントできるくらいの速さからグリッチレベルの細かい刻みに3拍くらいで至って止まる。それが何度も繰り返されていた。

その刻みのパターンはどれも似ているようで全部違うので単調さは全くない。

同じような刻みはホワイトノイズでもあるのだがどちらの音も多分左右のスピーカーから交互に鳴ってる。

今日は会場の左の方にいたのでわかりづらかったのだが多分、会場の真ん中あたりで聴いたら右と左ではっきり分かれた音が高速で移動する音楽が聴けたと思う。

 

そういういつも通りの池田亮二で進んでいったが中盤あたりから航空機の内戦というかざらついたスピーチ素材が使われ出した。

その音ももちろん細かく刻まれていたがうまく溶け込んでいた。

さらに進むと今度はストリングス音が使われ出した。池田亮二がストリングス音だと?と思ったが意外とハマる。

しかしもちろん池田亮二なのでその音は旋律的なものではなくクラスター音のような使われ方だった。

クラスター音とは、たとえば鍵盤を指ではなく、ぐーで抑えると白鍵も隣り合った黒鍵も同時に抑えられて複雑な音が聴けるがそういうので、ストリングス音はそういう使われ方をしていた。

耳コピは不可能だろう、と思ったら途中から割と旋律が(比較的)わかる使われ方をしていた。

ビートもヒップホップを池田亮二なりに料理した感じで要するにわかりづらいのだがそれでもビートはカウントしやすいくらいにはわかりやすかった。

 

そういう感じでライヴは進み終演した。

ライヴは激しい密度ながらも淡々と進み、終わった後にアンコールを期待する拍手があったがそのまま照明が明るくなりアンコールはなかった。

アンコールがないのはもしかしたらご時世的なものかもしれない。

 

池田亮二の曲には当方が知る限り口ずさめるようなわかりやすい曲は一曲もなく代表曲と言えるものは多分ない。

曲名は一個も知らない。

しかしどういうわけか聴けば池田亮二のあのアルバムに入っていた、みたいなのは割とわかりやすい。

なのでライヴで知ってる曲があればわかりそうなものだがそういうのはなかったのでもしかしたら全曲が新アルバムからのものだったのかもしれない。

アルバムはどうせいつも通りだし買わなくていいかなとか思っていたが超絶カッコよかったので買おうと思った。

 

 

ライヴに行って思ったのは他にいくつかある。

 

まず客層だが、年齢層が高い。平均年齢は40歳以上のような気がしたがそんな中にも美女がちらほらと混じっていたのが不思議ながらも当然あるべき姿のように思えた。

 

次は映像。これを池田亮二本人が作っているのかどうかは知らないがその内容はやはりかなりデジタルで、色は白と黒の二色のみ。灰色も存在しない。使われている図形は確か全て矩形であり色が滲んでボケるところはない。それが音楽と完全に一致していた。映像もいつも通りなのだがこっちもこの在り方でカンストしているので問題ない。もちろんかっこいい。

 

そして音楽だが、改めて思ったのだが池田亮二の音楽はめっちゃデジタルだ。

音がほぼ左右に振り切った音または中央(左右同時)の3つ(事実上2つ)で、もしかしたらリバーブとかの響きを足しているのかもしれないが音の定位を割り切っていた。

音楽構成もデジタルで、ABABの構成が徐々に変化しながらつづく。途中で変拍子もあったが基本的にわかりやすい構成で進んだ。

音がマスキングされることは基本的になく、幾重にも音がレイヤーされているのに不思議なことに混ざることはなく意識を向ければどういう音があるのかはわかる。

ただあまりにもその構造が多層にわたっているので一聴してそれを把握するのは不可能だ。

あとすでに述べたが音は細かく刻まれているのだが既存の音楽ソフトであれをやるのは多分無理なので自分でプログラムを組んでいる気がする。どういうものか見てみたい。

 

池田亮二のライヴは一度観たらしばらくはいいかなとか思っていたがまた観たいという気分になっている。

今日はクソ眠かったしスピーカーの左側を陣取るという失敗もしてしまったことでコンディションを整えてまた行きたい。

再来月のmutekでまた観れる。

今日観るからそっちはいいかなと思っていたが、mutekの方も行こうと思う。

 

 

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