100えむみた
100mをなんのために走るのか
記録の為と相対評価のため走る人と、自分のために走る人と、誰かの為に走る人
理由は何でもいいと思うけど、1番ガチになれるものの為に走るべき
自分が1番ガチになれるもの
自分の仕事は誰かの為にやろうと思ったことはない、自分のため。結果的には誰かの為になっているけど。でもガチにはなれてない。
記録のために走っている人、1番になるために走っている人は、1番になった時に目標を見失う。
誰かと競っているからこそ、楽しいものがある。
1番になった事がないからわからないけど、競い合える誰かがいることは幸福なこと。競い合うことで楽しみも喜びも悔しみも感じられる。
1番になった先は味のしない人生があるのでは。
人のためにやる事でも、それが本当にしたい事、ガチになれる事ならいい。でも、無理やり人のためになっているからと、こじつけるのはよくない。
不安は対処するものではない。人生は常に失う可能性があり、そこに命の醍醐味がある。恐怖は不快ではない、安全は愉快ではない。不安とは自分自身を試す時の感情。栄光を前に対価を差し出さなければならない時、ちっぽけな細胞の寄せ集めの人生なんてくれてやればいい。
良かった言葉。