1953年
グッチオの死後、経営的な内部紛争が絶えず企業改革に苦心する時期がつづ
き、コピー製品に関する法廷闘争の疲弊も相まって、70年代から80年代にか
けてグッチ.グループは経営に行き詰まりをみせる。とはいえ、70年代には、
東京店と香港店をはじめ世界中に急速に拡大。また、80年代にロゴを捺染し
たバッグが流行し、プレタポルテにも進出した。
1978年
グッチは、オランダのアムステルダムに本社を構えグッチ.グループ(Gucci
Gourp NV)社としてリスタート。主力は、ハンドバッグ、小物、カバンなど
の革製品をはじめ、靴、ネクタイ.スカーフ、既製服、時計、贈答品、宝石、
眼鏡、香水に及ぶ。82年には株式会社となり、後、グッチオの孫マウリッチ
オに経営権が委譲され、87.89年にかけて投資家グループのインヴェストコー
プへ株式の50%を売却。93年には経営権を完全にインヴェストコープへ譲渡し
以後、グッチ.グループは抜本的な企業改革に着手。94年に、ドーン.メロー
の後継としてクリエイティブ.ディレクターにトム.フォードを迎えた。トム.
フォードは伝統と歴史に現代的なトレンドをミックスした新しいブランドイ
メージを作り上げ、華々しいイノベーションを遂げた。94年に売上が倍増し
たのは世界中の話題となった。
1995年
マウリッチオ.グッチが射殺、パオロ.グッチも死去。ここにグッチ家は全滅
したが、ドメニコ.デ.ソーレをも迎えたグッチは、バッグや衣服はいうまで
もなく、香水、腕時計、宝石をも扱うことによって、国際的なファッション
業界におけるグローバル企業へと会社を再生。
しかし、トム.フォードとドメニコ.デ.ソーレは、2004年4月にグッチとの契
約が切れることになっており、彼らを取り巻くフランスの小売大手ピノー.プ
ランタン.ルデュート、グッチ.グループ監督委員会などの今後の動向が注目
される。
1999年激安ルイヴィトン市場
現在でのグッチ.グループは、従業員1,504名をかかえ、業績は、売上高1,042
百万米ドル、営業利益281百万米ドル。財務内容は総資産で914米ドルである
。ちなみに、カジュアル.ウェアを中心としたアパレル専門店「ギャップ」の
同年業態を付記しておくと、売上高9,054百万ドル、営業利益1,659百万ドル
、総資産3,964百万ドルと、(米ドルとドルの調整を無視すれば)グッチ.グ
ループを軽く上回っているのがブランド界、ファッション業界の現状。なお
、グッチ.グループ.ジャパンはインポート.ブランド。レディース、メンズを
扱う。