ちいさい頃。よく遊びにいったハラボジのうちには。大きな庭があって。その隅に。小さな温室が建っていた。ひっそりと。かくれんぼするように。ハラボジの趣味で。薔薇を育てることで。探検にはもってこいの場所だったけど。肥料とか。ハサミとか。子どもがさわるとあぶないものもあるから。近づかないようにいわれていた
 
 
あるとき。大人のはなしにあきてしまった僕は。ひとりで庭をふらついていた。あ、ちょうちょ。きれいな翅に、誘われるように追いかけて。うっかり、温室に迷いこんでしまった
 

まずい。おこられる...すきまなく並べられた花にかこまれて。出口が見えない。きょろきょろと。背のびをする。そのとき...

がさっ
 
『何!?』

ふいに聞こえた物音に。とびあがるくらいびっくりした。誰かいるのかな...ノラネコかな...もしかしてねずみとか!?そうだったらどうしよう...息をひそめて。音のした方の様子をうかがっていると。肉厚の花びらがかさなった影から。見たことのないひとが、ひょっこりとあらわれた。誰だろう...すごくかっこいい
 

『誰?』

 
えっと...きれいな二重の目が。まっすぐ僕を見つめている。ちょっとかすれめの...そう!色っぽい声


『あの...ヒョクチェです』


ハラボジの家に遊びにきてます。そう...聞いたわりには。興味がなさそうに。お花のお世話をするひとかな...


『あの...』


薔薇、きれいですね。なんとなく。黙っていられなくて


『きれいか...』


造られたものばかりだけどな。つくられたもの...?見まわすと。お花屋さんで見るのとは。ちがう色のがいっぱいあった
 
 
『自然のままが、一番うつくしいのに』
 

人間は。とかく手をかけたがる。さみしげに。一枚の花びらに触れる。力をいれたんわけでもなさそうなのに。まくった袖からのびる、しっかりした腕に。血管がうきあがった

え...

次の瞬間。まるで生きているかのように。あっという間に色を変えて。ツタのように伸びて。その先に、小さな蕾をいくつもつける
 

『見るな!』


腕を押さえて。きれいな顔を歪ませる。その手に。ツタがまきついていく。どうしていいかわからずに動けないでいると。まわりの花たちが。ざわりとうごめいた気がした
 

『早く行け』

 
早く!その眼差しの強さに押されるように。何も言わずに温室を飛びだした。棘がささるような痛みを感じたけど。振りかえることなんてできなかった


気がついたら。オンマに抱きとめられていた。手の甲のひっかき傷をとがめられたけど。温室にひとりでいったことも。しらないひとに会ったこともいえなかった
 
 
それからしばらくして。温室が火事になったと聞いた。もちろん薔薇もダメになって。焼け跡に。一輪だけ。深紅の薔薇が残っていたという
 
 
 
 
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