縁側で。膝にのせた三味線を爪弾きもせず。旭太夫は惚けたように、座りこんでいた。今日は、稽古が賑やかだったから。余計に、この静寂が身に沁みる
東海が連れてきた、始源とかいう浪人は。むさ苦しい形はしていたが、育ちとひとの良さが滲みでていた。遊興に通じているのか、唄いも三味線もそつなくこなして。東海もお圭も驚いていた。唄などは。よく言葉にまよってつっかえる、東海よりも。流暢なくらいだった
稽古の後。珍しく茶菓をふるまって。始源とお圭が話しこんでいるときに。東海に尋ねた
『芸尊先生は...』
まだ、お戻りにならしまへんか...
『へぇ。そのようで』
早くも二個目のきんつばを口に放りこみ。咀嚼しながら、東海が答えた
あの日。請われて唄いを聴かせてから。すっかり、姿を見せなくなった芸尊を訝って。稽古に来た東海に、それとなく聞いてみた
『芸尊先生なら。荒野を引き払ったそうで』
え...なんでも。遠国にいる絵師を頼って。修行の旅に出るとかで。住まいも畳み、下女たちにも暇をやったそうで...さい...ですか...
その出来事は。旭太夫の胸に。ぽかんと穴を開けた
あの猫も。あれから姿を見せない。あの猫が戻ってきてくれたら。あのひとも戻ってきてくれる。そんな気がした
《続》
@superjunior
※画像お借りしましたm(_ _)m
※きのーの最終更新です