ヒョクチェ side




『泣くなよ』


ふんわりと。焦がれた匂いに包まれる


『な、何で...』


言葉がうまく出てこない


『ごめん』


もっと早く来るつもりだったんだけど。なかなかうまくいかなくて...


『は...やく...?』


メモ、書いておいたでしょ。すぐ戻るからって


『し、知らない!』


あれ?その辺にあった紙に、走り書きしたんだけど。ウソ...全然、気づかなかった...


『エアの時間があったから。急いでて...でも、気持ちよさそーに眠ってるの、かわいくて...起こせなくて...』


ドンへさんが。俺の髪をそっとなでる


『会社に。こっちの支社への異動希望、出したんだけど。ちょっと横ヤリ入っちゃったりして、うまくいかなくて...』

 

よ、横ヤリ...?ん...だから


『会社、辞めてきちゃった』


はぁ!?だから俺、いま無職。へへ。悪びれもせず。鼻の下をこする


『英語と中国語は何とかなるから。向こうからこっちの求人、探したんだけど。ホテルとか、いくつかあるみたいで。とりあえず、面接の予定はあるんだ』


でも。居るとこないから。しばらくヒョクチェんとこ、置いてもらえる?へ...?だめだ...頭がついていかない...


『な、何で...そんな...』


戸惑う俺を見つめて。ふっと笑う


『言ったじゃん』


運命だって。ヒョクチェも。同じ気持ちだよね...


『確かめあったよね...』


きれいな二重の目に。捕らえられる。ドンへさん...さんなんて...ドンへって呼んでよ。ど、ドンへ...


『とりあえず...』


お客さん、待ってるみたいだよ。え...!そーだ!ここ!空港!仕事!


『すみません。お待たせしました』


ドンへさ...ドンへが。にこにこと。遠巻きにしてたグループに近づいて。さっさと案内をはじめる


えーと...えーと...ドンへ...


自分のスーツケースは...


『ヒョクチェ!車は!』


でっかい声で呼ばれて。でかいスーツケースを転がして。追いかけた




《完》


※きのーは元日