たまこは育ち盛り。

じいじ、見てろよー!
…かどうかわからんけどねー。

歯もにょきにょき。
これで12本。

「コレハ?」と聞くのがブームになってきました(*´v`*)

まわりの人や猫、食べ物、の名前をだいぶ覚えたので、
本人も会話ができて楽しそう。

お気に入りは、
チーチャン(ちいこ)
バーバ(ばあば)
ジージ(じいじ)
パイパイ(おっぱい)
モモ(桃)
ブオッ(ぶどう)
チャ(茶)
チャオ(チャロ←愛猫)
ガッコ(抱っこ)

授乳前には自分でターウ(タオル)を運んで来る愛らしさ!


滅多に泣かず、
ちいこ大好きで、
誰にでも抱っこをせがむ、
とにかく愛嬌のある次女です。

実家の階段、高さあるのに勝手に2階まで登っちゃうし、
明らかに走ってるし、
どこでもよじ登るし、
ほんと活発!



可愛すぎて困るー。

ちいこもまんざらじゃないみたいで、
たまこに「テッテ!(お手々つないで!)」って言われると、満面の笑顔で得意げ。

からだの成長スピードはさすがの0歳児。
それが緩やかになってきたちいこ、の、内面の成長を見逃さないようにしよ(`・ω・´)



告別式、火葬を終えて、お骨の父が帰ってきています。

「じいじ、ほねになっちゃったの」

焼き場で、骨拾いの時やらに何度か話して聞かせていたら、
覚えたちいこ。

死の理解は難しくても、
愛猫コゲちゃんが死んでいなくなったのも経験しているから、
なんとなく、感じ取っているはず。

じいじはどこか等、聞くこともなく、毎日、祭壇?にむかってチンしてナムナムしてます。

大きな遺影とお骨、位牌、で三段の立派な祭壇。

供物や灯籠もあるのですごいボリュームです。
賑やか!
父、大喜び!(?)

遺影の父は、今年の正月に撮った家族写真の中での笑顔。
これがまたいい顔で、つい、話し掛けたくなってしまうー。



通夜に続き、告別式にもたくさんの会葬者で、
私の保育園時代の友人やその親たちも来てくれたり弔電をくれたり、その度に胸が熱くなりました。
ありがたい。


告別式から一日おいた今日は、
この3月末に閉めたばかりの工場の片付けで、産廃処理業者がきてくれてバタバタでした。
4トンで2往復?
油と金属片にまみれた2階建ての工場がサッパリ。

明日は父が入院までのほんの2ヶ月ちょい程使った介護ベッドの引き上げ。

病院の精算やら、各種届けやら、なかなか忙しい。(母と弟が)

今夜ゆっくり晩御飯を食べて、やっとひといき、でした。



しばらくこんな生活だったせいか、知恵熱か、
ちいこが今ヘルパンギーナ。

おととい、告別式の夜に発熱してから、
昨日の明け方には40℃を超え、受診してヘルパンギーナと診断、
今日の日中は37℃台?が、夜にはまた38℃超えてきたところ。
頓服のカロナール飲ませて寝かせました。


たまこはなんの心配もなく、
いつもどおり?ハイペースで成長中…→これは別記事で~



おくりびと

三途の川の渡し賃はお札で1000円。
いままでの感謝をこめる、には安すぎるけれど、
長女のわたしが出させてもらいました。
弟と一緒に、旅仕度の済んだ父の懐へ。

無事にわたってください。
長い間ありがとうございました。

お通夜にはたくさんの方が来てくださり
父の人脈の広さに改めて感心してしまったー。

老若男女が涙してくれて、
笑顔で思い出を語ってくれて、

いやー、人徳だなあ。


明日(もう、今日か)は告別式。

父がなくなってから、まだ3日、なんて信じられない。


2012年8月15日
2時57分

入院から一週間。
父が亡くなりました。

覚醒時に感じる痛みや違和感を鎮静剤の皮下注射で和らげて、

落ち着いて、
ゆっくりゆっくり、
呼吸が浅く減っていって、

みんなに囲まれて、
苦しまず穏やかに、
とってもいい顔でした。


ありがとう。
お疲れ様。


いまは帰宅前のおめかし中。
父は肝臓がんです。
2004年に告知、初手術をしてからまた数回の開腹を経て、
再発、転移、この3月末に余命宣告をうけました。

緩和ケアを希望して会社をたたみ、
服薬とマッサージで痛みや浮腫のコントロールをしながら4ヶ月。

8月4日に帰省した時には
杖をつきつつ自分で歩いてお客さんの対応もしていた父、
8月7日、客対応の疲れもあってか、手足に震えもでてきてしまい、『避暑のつもりで』入院してから3日目。
母から電話があり、急に容態が悪化しているとのことで急遽、8月11日に帰省し、お見舞いへ。

まだ会話ができてホッとしたものの、
本当に一気に病状が進んだ様子に戸惑ってしまった。
保育園時代の古い友人家族が来てくれて、冗談を言う余裕はあったけれど。

こどもは緩和ケア病棟にははいれないので、父自ら車椅子を希望して、母がロビーまで連れて来てくれて、ちいこたまこと面会。
笑顔が出て、声も出て。
孫パワーに、嬉しいやら切ないやら。
手を振って別れました。


昨日は日曜で面会も多く、こども連れでせわしないので自粛して留守番、
今日、顔を見にいったら、
鼻から酸素いれて寝てました。

時々目をあけては、大きく呼吸をして、口をパクパクさせて。

声はほとんど出なくて
体も痛みで動かせなくて
目も口も半開きで、
骨と皮だけの顔と上半身、浮腫でパンパンの腰から下が痛々しい、父でした。

でも、
若い女性の主治医の先生の許可が出て、
ちいこたまこにマスクをつけて部屋で面会させたときには
パッと笑顔になって、自分から手を伸ばしてたまこの頬に触れてにこにこ。
たまこもにこにこ。
タイミングよく「じいじ」なんて言うんだもんなあ(つд`)
ちいこは雰囲気を察してか、嫌がってあまり近寄れず。
それでも孫パワー、おそるべし。


ずっと病状経過や徒然をblogに書いている父、
もうスマホの操作はできないし、PCキーボードも打てない。
弟が、最後自分で〆たいんだろ、と口述での記事作成を申し出たら涙を流して頷いていたそうだけれど、
正直、もう文章が出てこない。
父も、まだ会話できていた時点で、頭が回らないと言っていたし。

こんなに一気に悪くなるなんて、
いままで在宅で気が張ってたから無理してたのかな、とか
会社たたんで後のことがだいぶ片付いたから安心したのかな、とか
とにかく一気に

『まだ意識はあるけど』な状態で、信じられない。


今夜でもう3日泊まり込んでいる母がさっき、荷物をとりに来て、
「今日明日ってわけじゃないと思いたいけど、電話するからふたりを担いで来るんだよ」と一言。

いよいよ覚悟しなくちゃ、かな。