父は肝臓がんです。
2004年に告知、初手術をしてからまた数回の開腹を経て、
再発、転移、この3月末に余命宣告をうけました。
緩和ケアを希望して会社をたたみ、
服薬とマッサージで痛みや浮腫のコントロールをしながら4ヶ月。
8月4日に帰省した時には
杖をつきつつ自分で歩いてお客さんの対応もしていた父、
8月7日、客対応の疲れもあってか、手足に震えもでてきてしまい、『避暑のつもりで』入院してから3日目。
母から電話があり、急に容態が悪化しているとのことで急遽、8月11日に帰省し、お見舞いへ。
まだ会話ができてホッとしたものの、
本当に一気に病状が進んだ様子に戸惑ってしまった。
保育園時代の古い友人家族が来てくれて、冗談を言う余裕はあったけれど。
こどもは緩和ケア病棟にははいれないので、父自ら車椅子を希望して、母がロビーまで連れて来てくれて、ちいこたまこと面会。
笑顔が出て、声も出て。
孫パワーに、嬉しいやら切ないやら。
手を振って別れました。
昨日は日曜で面会も多く、こども連れでせわしないので自粛して留守番、
今日、顔を見にいったら、
鼻から酸素いれて寝てました。
時々目をあけては、大きく呼吸をして、口をパクパクさせて。
声はほとんど出なくて
体も痛みで動かせなくて
目も口も半開きで、
骨と皮だけの顔と上半身、浮腫でパンパンの腰から下が痛々しい、父でした。
でも、
若い女性の主治医の先生の許可が出て、
ちいこたまこにマスクをつけて部屋で面会させたときには
パッと笑顔になって、自分から手を伸ばしてたまこの頬に触れてにこにこ。
たまこもにこにこ。
タイミングよく「じいじ」なんて言うんだもんなあ(つд`)
ちいこは雰囲気を察してか、嫌がってあまり近寄れず。
それでも孫パワー、おそるべし。
ずっと病状経過や徒然をblogに書いている父、
もうスマホの操作はできないし、PCキーボードも打てない。
弟が、最後自分で〆たいんだろ、と口述での記事作成を申し出たら涙を流して頷いていたそうだけれど、
正直、もう文章が出てこない。
父も、まだ会話できていた時点で、頭が回らないと言っていたし。
こんなに一気に悪くなるなんて、
いままで在宅で気が張ってたから無理してたのかな、とか
会社たたんで後のことがだいぶ片付いたから安心したのかな、とか
とにかく一気に
『まだ意識はあるけど』な状態で、信じられない。
今夜でもう3日泊まり込んでいる母がさっき、荷物をとりに来て、
「今日明日ってわけじゃないと思いたいけど、電話するからふたりを担いで来るんだよ」と一言。
いよいよ覚悟しなくちゃ、かな。