少し前の 眠りに入る前に
時々顔を出す KBの不安発作が出ました。

以前は時々出ていたけれど、最近はそれほどでもなく、久しぶりに出たのは

『眠ったら そのまま死んじゃうかも』

っての でした。

初めて突っ込んで聞いてみたら、昔から突然頭に浮かんでくるのだそうで、
このまま死んじゃうのかも って 確信に近い思いを抱きながら、
実際は死なないで生きてきたんだけどね って言ってました。

そんなことはない?って聞かれたので、

それならば 私にとっては 理想的な死に方だから、逆に嬉しい って言ったらびっくりされました(笑)

デフォルトが 少しでも早く死にたい だったから、
苦しみもなく 眠ったままで死ねるならば、もう万々歳だわって言ったら、頭を撫でられました。

『死』に対しての恐怖よりも より『死』に近い側の私にとって、
『死ねること』は この世からの卒業を意味しているので歓迎すべきこと なんですよね。

やっと私の順番が来た
はぁ~ 長かった~ みたいな ^m^


日付が変わったので 昨日の夕方になるけれど、部屋を探しに不動産屋さんに行ってきました。
賃貸であるうちのポストには 分譲マンションのチラシが時々入ってきて、
中古のマンションならば ボーナスなしの月々3万円台で買うことができるって物件もあったけれど、
KBは 借金をするのが嫌いなので、家を買うという選択肢は ありません。

で 私と言うと。。。

家を買うことは 私にとって かなりの覚悟がいること です。

一生『そこ』から動くことができない 私を縛るものができてしまうことは、一種恐怖なのかも知れません。

私はずっと 移動しながら大人になりました。
結婚してからすらも 移動の連続で。

婚家は2軒とも 持ち家で、戸建とマンションでした。

どちらも『私の家』という意識がなかったので、(間借りしている感じ?)
それほどの覚悟は必要なく、『そこ』に住み始めましたが、
色んな学校を転々として過ごし、いじめられても『そこ』が世界の全てではないこと を知っていたから生きていくことができたこと、
『それ』が 『家』に関しても 同じ意識としてあったりします。

家を買うと言うことは、『そこ』に根を生やすこと で、
どこにも逃げられない って、私にとっては そういうことになります。

ダメならば 逃げれば良い
が、できないことは 私にとっては苦痛で、
家を買える人は 凄いなぁって思います。
(値段が値段なので そうそう買い替えることができないからね)

父親が 自分は放浪の人だと言っていました。
ひとつのところで暮らすのは苦手だって。

私が一番長く住んでいたのは 初代うーたんの実家で、10年くらい なのかな。。。

これからの KBとの人生を考えると 遥か彼方過ぎてめまいがしそうです(苦笑)


考えなくても良いこと を デフォルトとして考えてしまうこと。
ま、それが 『わたし』なんですが、
『普通』の人は どう考えて決断しているんだろう?って 知りたくなる時もあります。