little-idea.

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ハイブリッドで小さな思いつき。




日々の物思い集





Amebaでブログを始めよう!
年末とかいう記事の次が3月なので、本当にこちらは過疎ってますが、
年末からドタバタ続きでした。

いろいろと更新を怠っている状況。よくないですが、、、

とりあえず、牛久市ご当地アイドルユニット・ノノキスに全力を投入しているので、絵とかそういうのは、なかなかやれません。

ノノキス関連で描くイラストなどはやりますが、本来これも私のやることかどうか??
というのは疑問です。

まだまだ軌道に乗っていないので、ある程度は自分でなんでもやらないと、おそらくやわくちゃになって瓦解してしまうでしょう。
地域のご理解や協力を得てから、様々な分担を考えて行けると思います。まだまだダメです。
地域でしっかりと受け止めてもらい、活動を注視してもらいたいと思います。

現在、やっとパフォーマンスが安定仕掛かってきている状況ですから、
ここからやっと街にアピールして行けることになります。要するに春からの年度が本格始動ということになります。

街の構造とうまく合致すること。
メンバーの意識が向上して行けること。
クリエイティブな人たちの関わり方を健全な形でルール化すること。
これが大事だと考えています。
でないと、すぐ、ぐずぐずになってゆくでしょう。

そして、これはこれで。
面白くなって行けば、それでいいのです。
さ~~、、、年末だね~、、、

もうなんだかいろいろと、やわくちゃになってるところもありつつも、
やらねばならないところはなんとかやってゆく所存。

なかなか「整いました!」とはいかない。
でもある時点ではそこそこ整って行くのは間違いない。

整えながら行く。

「結果」が連続するわけではなくて、「経過」が連続しているだけみたいになる。

これはもうことの性格上、また構造上致し方無し。
それでもじわじわ面白くなってくる。
実際に街の反応がちょっとづつ出て来る。

そもそもそれでいい。

そうそう簡単に整うわけもなく、また整っただけのものがそんなに良いわけでもない。


さいきんはめっきりエレキのとっちゃんぼうやと化していますが、
こういうふうになったのか、意図してしたのか、実にグレーゾーンです。
ただ単に地元でたのしく遊んでいるだけなのですが、
どこか不自然でしょうか??

ギターは中学生のころにはじめて手に取って、フォークギターに飽き足らず、、、
というか指が痛いし、コードばっかりでつまんないので早々にエレキギターに行きました。

行ったら行ったでそれまでまじめに音楽聴いてないもんだからいきなりイングヴェイに行っちゃうし、イングヴェイ→ツェッペリン→ジミヘン→ヴァンへイレン→デビッド・ボウイ→MUSE→Suede→ローリング・ストーンズと来ています。
ストーンズ理解が遅いのは、音楽だけでは済まされない、、、いろいろと一般常識をお勉強しないとはっきり言ってストーンズはわからない。
こどもではわからないと思います。

ゆえにクラプトンとか行きません。
逆に、クラプトンとか意味わかりません。
図式的にはエルビス的なギタリストとでも言えばいいんでしょうか?
それとも日本のマスメディアの取り上げ方とか持ち上げ方が間違っているのかもしれません。
ほんとはそんないい人では無いと思うしね。
こういうことって日本人には理解不能な面があります。


こういうふうにあーだこーだ考えながら観てみると、
日本のミュージシャンが「ピース」とか言ってるのを観ると、むずがゆくなります。
せめて軍隊経験をして、落下傘訓練で骨折して除隊になってから「ピース」を叫んでもらいたいと思います。
実際にジミヘンは口で平和をがなるよりも、音でマシンガンや爆撃のすさまじさのリアリティを表現しました。こういうのがアートであって、思想を口で言えばいいってもんじゃないと思うわけです。
テレビを見ないわたしは、夜中になってやっと「鬼怒川」「石下」「濁流」「恩師のお宅の位置」がリンクする。

あわてて夜中電話をかけてみるものの、繋がらない。

ネット情報を駆使し、マップと照合すると、まさに田んぼの真ん中の家は茶色い海に呑まれている。
さりとて濁流がその狂ったような勢いを失い、いくぶんゆるやかに押し寄せているであろう距離感。
直接命に関わりはなさそうであった。

今朝、むこうから電話があって元気そうだった。
近所の奥さんのご実家へ非難されているとのこと。
案外のんきに買い物などにも出られている様子。

一夜明けて今日はこの快晴。昨日の喧噪がウソのような青空を
広大に映す静かな水面となって横たわっているだろう。
一帯の稲は台無しだ。
先生の家の一階もおそらく甚大な被害を被っているだろう。

水がひけて、道路が通ったら手伝いに行こう。


埼玉の親戚が突然の電話。
このような突然の電話には毎回緊張する。
もしかしたらだれか親戚の年寄りでも死んだか!?
と構えるからだ。
ひと呼吸おいて出ると、
「牛久だいじょうぶ?」
との声。
「テレビでやけに牛久牛久言ってるから心配で、、、」
とのことらしい。
大雨の被害はうちの周辺には無いことをあらためて教えてあげた。たしかに土地勘が無ければ、テレビで牛久牛久連呼されては牛久全域に甚大なる被害が出て、とるモノもとりあえず、近くの避難所で炊き出しに並んでいるのではないか?くらいの想像力を働かせるもの。
 
最近テレビなどのロケも多いし、業界では「牛久」が流行ってるのではないか?と勘ぐってみたくもなる。
東京からすぐだし、変にデカい大仏もあるし、田舎風景もたっぷりお腹いっぱい撮れるし、経費は安くあがるし、ということで、「牛久は我々にとって都合のいい街」という認識がそこそこあるのではないか?
あるいは、よそにも似たような街はたくさんあるはずなので、それらを順次撮り尽くしてゆく過程で「今は牛久」なだけなのか。
なんにせよ何十年に一度との気象庁鳴り物入りの大雨騒ぎということで話題にされている牛久を外からみたら、
 
「マジ心配になってきた、、、。」
 
という話。